[携帯モード] [URL送信]

無関心と魔王様
感ずる


 大地の恵みに感謝して食物を頂くという概念が、この二人にはあるようだった。

 目の前に置かれている、白色も艶めかしいスープを見つめる。匂い的にも見た目的にも、それはまさしくミルク、と呼ばれるものであった。
 なんやかんやとした自体はひとまず落ち着いて、宝月の隣に『夢の中の人』が座ったところで、準備は完了したようだった。そうして、彼らは二人して同時に手を合わせ、なんとかの女神やらなんとかの自然やらに感謝しまくっていた。
 腹がべらぼうに空いていた宝月としては、そんな長い長い時間はまさしく地獄の様であった。さっさと食わせろよと思う。感謝するのならば普通に「頂きます」でいいと思うのだ。キリスト教徒じゃああるまいし、そんな長々と感謝されても神様の方が困るだけだと。

 ギュルギュルと鳴り出しそうで鳴らない腹が「おめーいつまで俺様ん中空っぽにするつもりだアアン?」とガン垂れていた気がした宝月であった。


 さて、そんな数分間の地獄も終わり、とうとう天国への時間に突入した不健康体こと宝月は、早速感動していた。
 なににって、そりゃもちろんスープにである。

 宝月の横の『夢の中の人』は微笑ましそうに目元を和ませ、正面に座っている銀髪の男は愛しくてしょうがないと言った表情で頬を緩ませていた。それもこれも、全ては宝月の招いた結果である事は本人も分かっている。分かってはいるが、どうしても止まらない。感動と震えが止まらない。

(うまい。うますぎる)

 宝月は今、スープの一口目を掬うためのスプーンをくわえたまま、プルプルと震えていた。

(なんだ、これは)

 濃厚に絡みつくヨーグルトのような舌触り。しかし液状であるスープがいつまでも絡まっているわけではなく、それは惜しくも舌を離れて喉を通りぬけようとする。残念に思って慌てて追いすがってみるが、まるでこちらを嘲笑うがごとく、するりと抜けてしまう。どこへ行くのだ、どうしてそんなに急ぐ。そうは思っても、それは答えてくれない。艶やかに、そして鮮やかに。それは微笑みながら、去ってゆく。情緒と未練しか残さぬそれは、なるほどまさしく悪女である。
 そんな悪女に追いすがり、あまつさえ情けなく留まるようにと懇願する自分は、はたして彼女に相応しい男なのか。彼女の傍で、彼女の横で、彼女の中で、その声を聞き、その歌を聴き、その艶やかさを見、その柔らかさを見て、そうして眠るように命を吸い取られたい。しかし、そんな事をするほどに、そしてそんな事を彼女がさせてくれるほどに、自分は彼女にとって良き男なのか。
 嗚呼。そうして悩んでいる間にも、彼(か)の悪女は去ってしまった。そちらには消滅しかないというのに。去ってしまった。
 なぜ。なぜだ。どうしてそんなに死に急ぐ。冥界の主に誘われるまま、どうして貴女は――。

「…………!」

 ハッ、とした顔をして、宝月はスプーンを口から出した。

「……美味しゅうございますか?」

 ああ、やめてくれ。そんなに微笑ましそうな顔で見ないでくれ。

 この上なく優しい瞳に見つめられて、宝月は目を逸らす。それでも『夢の中の人』が柔らかーくこちらを見ているのを感じる。

「お代わりはたくさんございますので、御遠慮なさらずお召し上がりください」
「…………」

 そんな気遣いは無用です。
 柔らかく人の傷口を抉るような真似をする『夢の中の人』は、宝月がいかほどの打撃を受けているかを知りもせず、ただただほんわかと目元を和らげる。

(イイ人)

 なのではあろうが。

 あいやどうしたものか。今の宝月には憎らしげに感じた。


 いや、自分に非があったとは分かっている。非ってーか原因だけれども。
 あまりにも美味しすぎたので思わず擬人化してしまった。悪女て。そして自分で考えておいてなんだが、宝月自身がまさかの悪女に逃げられる情けない草食系男子というのが実に気にくわない。誰が女に騙されるか。俺を騙せる女は世界でただ一人、見目麗しく魅力あふれる敬愛する母のみである。それ以外の女はぶっちゃけ言って興味ない。だって身近にいる人(母)が理想的すぎるんだもん。

 そんなわけで色々と脱線した思考に至った宝月に、勇者の如く話しかけてきたのは、太陽の化身ではないかと思わせる明るさを持つ男だった。


「子供みたいに喜ぶんですねぇ〜」


 ビシ、と空気が凍った。

 にっこにっこと悪気なく笑う銀髪の男が、唯一生きているものだ、と言われても誰も疑わない程度に、男二人が凍った。

「あれ、どうしました?」

 キョトン、と。
 そいつはまるで、何の努力もせずに何年も努力を重ねてきた者を嘲笑って大会の優勝をかっさらってゆく天才のように、無邪気な表情で首を傾げた。
 表情筋を強張らせる宝月に気付かず、手の甲に血管を浮かばせ始めた冷徹な男に気付かず。

(…………)

 宝月が本気で思考を停止させた時。

 ごーんと、除夜の鐘のような音が、勇者こと銀髪の男のいる対面から鳴った。


 * * * 



[*前へ][次へ#]

11/13ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!