無関心と魔王様
1−1
関心。興味。依存。
果たしてそれがどのような意味を持つのか。
俺には今一つ分からないし、分かろうと努力したことも無い。
努力せずとも、なんら問題無かった。一度やれば十を吸収し、二度復習すれば忘れなかった。
必死に駆けずり回って何かを得ようとしたことも無い。青春などというものに憧れはしたが、それらすべてが幼稚園児の御遊戯に見えて仕方がなかった。
多くを知ろうとはしなかった。知ってしまったら最後、何も得るものが無くなってしまうから。
多くを語ろうとはしなかった。語ってしまったが最後、周りから人がいなくなってしまうから。
面倒だった。どうでもよかった。
眠りだけが、俺の救いだった。眠っていれば、何も考えずに済む。ただ無意識の底に意識を横たえて、漂えばいいのだから。
それはひどく心地よく、毒を孕んだ甘美であった。
だから、時々思う。
こんな非生産的な事しかできない俺がいなくなったって、誰も悲しまないのではないか。
もしくは、悲しんでも、あっさりと立ち直って、俺のことなんて、誰も思い出さないようになるのではないか。
時々思う。
そして、行動したくなる。
できれば、遠くへ。
ほんの少しの間でいい。夢でもいい。
どこか、遠くへ。
この曖昧な世界から逃げ出して、無意識に溺れたい。
そうすることができたら、きっと、楽なのだろう。
* * *
「はい、どうぞ」
輝かんばかりの銀髪を生やした男が、リンゴによく似た果物を差し出す。自身も、その果物をかみ砕いていた。
男は端正な顔立ちをしていた。甘いマスクで女を誑かしそうな顔ではあるが、彼の快活で無邪気な表情が、その印象を払拭させていた。
対して、差し出された果物を受け取った男は、静かな印象を受けた。
こちらも端正な顔立ちである。銀髪の男とは違い、冷徹で冷静な顔だ。彼の凛とした無表情が、更にその印象を強める。波打つ水面のように静かな黒髪が、風に遊ばれて艶やかに舞った。
その印象通りに、黒髪の男は上品な仕種で果物を口に運び、食む。
「美味しいでしょ?」
「ああ」
明るい笑みで黒髪の男に聞く銀髪の男は、本当にうまそうな顔をしているが、黒髪の男は表情一つ変えず同意する。本当にうまいとは思っているのであろうが、彼の生真面目な表情が崩れる日は、ほとんど無い。しかし、彼の表情が変わらないのは、彼が落ち込んでいる事も関係していた。
黒髪の男が少しでも元気になるようにと、わざわざ危険な森を駆けまわって美味な食料をもいできた銀髪の男は、やれやれ、と肩をすくめた。
「元気出して下さいって。別に、死んだ訳じゃないのだし」
「…………分かっている」
「分かっているのなら、もうちょっとテンション上げてくれませんか。ちょっと俺、寂しさで溶ける。知ってます? 狼って、寂しいと死んでしまうのですよ」
「知らなかった」
「……あの、すみません嘘です。別に寂しさじゃ死にません。それウサギ、とかいう突っ込みを欲していただけなんです、ごめんなさい」
「…………」
「つ、遂に答えてくれなくなった……!?」
なんてことなの!? 両手で顔を覆ってしくしくと泣き真似をする銀髪の男。沈んだ暗い空気を和ませようと、必死なのである。
「…………」
しかし、黒髪の男の、その表情よりも冷たい瞳で見られ、やむなく断念した。
さすがに、こんな馬鹿なノリにはのってくれねぇか。思いつつ、銀髪の男は黒髪の男の隣に腰を下ろした。野性児のように、乱暴に果物をかじる。頬を膨らませてかみ砕きながら、黒髪の男の沈んだ空気に感染されるように、銀髪の男も眉を寄せて遠くの空を見上げた。
どれくらいの時間が過ぎただろう。ポツリ、雨粒が、近くの湖に落ちる音がした。
「あーらら」
何の感動もなく、空を見上げていた銀髪の男は、量を増して降ってくる雨を見て、言った。
「降ってきちゃいましたねぇ……」
落胆か、失望か、悲観か、無情か。
呟くように放たれた声に、黒髪を雨に濡らした男は、銀髪の男に倣って空を見上げた。
しとしととした雨は次第に嵩を増し、やがて大降りの雨となった。
「……あーあ。本格的に気分沈みますわぁー」
空を見上げながら、髪を濡らしながら、シャリ、と銀髪の男は果物に喰らいつく。凶暴な犬歯が、柔らかな実に傷を付ける。処女を喰らう魔物のように、生き胆を喰らう獣のように。
「明日は晴れるといいですけどねぇ」
その声に答える者は、いなかった。
シャリ。
代わりに、柔らかな果実をかじる音だけが、返ってきた。
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