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無関心と魔王様
不感ずる


「まあまあ色々聞きたい事もあると思われます」

 頭の上に大きなタンコブを乗せた銀髪の男が、キリッと真剣な顔をしながら言った。タンコブと凛とした表情にギャップを感じるわキャッと萌えるべきなのか正直に格好悪いと思うべきなのか。満場一致で後者だろうと結論を出したところで、宝月は銀髪の男の隣に向けていた視線を、のろのろと彼に交わらせた。

「貴方様は、ここがどこか分かりますか?」

 首を横に振る。微かに視線を下げて、再び彼の隣を見た。

「なぜ、此処にいるかということは?」

 この質問にも、同様に首を振る。その間にも、視線は対角線上にあった。

「……それじゃあ、コレの存在については、知っておいでですか?」

 ぶんぶん、と今度は主張するように大きく首を横に振った。視線はやっぱり、銀髪の男が指さした「コレ」へと向いている。

「……目が輝いてますよ。これはですね、俗に『妖精』と呼ばれるものでありまして……聞いてます?」

 妖精。

 そうか、これが、そうなのか。
 もしかしてとは感じていたが、まさか本当にそうだったとは。宝月は対角線上に向けた視線に好奇心を混ぜ込んだ。研究したい、とはあまり思わないが、それでもその生態が気になった。

 ソレは、半透明の姿をしていた。
 ガラス細工のような繊細さと涼やかさ。腰からは花びらのような四対の羽が生えている。今にも破けそうなほどか弱い代物だった。
 男か女か、判断が付かない容貌をしている。男のような強靭さを持っているかと思えば、女のようなしなやかさを兼ね備えている。恐らくは性別などないのではないか。
 キラキラと、ソレは発光していた。周りには、何かの粉のようなものが輝きながら舞っている。それがやけに印象的であった。

 妖精と呼ばれたソレらは、銀髪の男の隣にあった、誰の手にも触れられていなかったスープに口を付けている。総勢五人程度だろうか。木の碗を囲んで、自分の身の丈ほどもあろうかという(宝月にとっては)小柄なスプーンで飲んでいる。彼らの為に、わざわざ一つ余らせて碗を置いたのか、と宝月は感心した。あの黒髪の男が、このように可愛らしい者たちへと慈悲の心を持つとは、どうしても意外に思ってしまったからであった。

 にこにこと楽しそうに嬉しそうに、自らの仲間たちと一緒になってスープを飲んでいる姿に、宝月の頬も少し緩む。それは、暖かな日差しの中で草木のにおいを感じながら眠る瞬間に似ていた。穏やかな気持ちになる。

 そんな宝月の心境を見てとったのか、銀髪の男が柔らかな口調で語る。明朗快活な印象がある彼だったが、そんな大人しい口調も、不思議と似合っていた。

「妖精というのは世界の奉仕者です。彼らは大地に恵みを与えるために存在し、天空に晴れ模様を与えるために存在し、大海に清らかな命を与えるために存在します。ですが、彼らは奉仕者であるが故に、大した自己防衛能力を持ち合わせていません。妖精が初めて生まれたその昔、世界に危険な生物など皆無だったと言いますから。しかし今は違います。一歩歩けば魔獣に魔人に人間、鳥獣類の畜生、危険はいっぱいです。ですから彼らは、世界からの一切の干渉を受けない」

 スープを飲んでいる妖精の一人を、銀髪の男は捕まえようとして――。
 そのまま、するり、と通り抜ける。

 むしろ不思議そうな顔をしている妖精に手を振って、銀髪の男は頬杖をつく。

「この場合の『世界』というのは、草木や風とかの自然ではなく、俺達のような生物です。先程も言った、魔獣・魔人・人間・畜生などの、まあ所謂妖精にとっての危険生命体ですね。ですが不思議な事に――」

 妖精に向かって人差し指を差し出しながら、銀髪の男はジッと止まる。キョトンとした妖精は、スプーンを碗に立てかけ、目の前の指を確かめるようにぺたぺたと触ってから、ふわりと飛び立ってそこに腰掛ける。

「――妖精のほうからは、俺達『世界』に干渉できるのですよ。つまり、妖精というのは、世界の奉仕者であると同時に、世界からの独立者というわけなのです。羨ましいことで」

 ケッ、と唾でも吐かん勢いで顔をしかめる銀髪の男を、妖精は不思議そうに見て、その視線がふと、宝月へと向かった。ガラス細工の瞳と、視線が交わる。
 妖精は驚いたように目を瞠り、思わずふわりと飛び上がった。そのまま、宝月の方へと飛んでくる。
 その行動に、今度は宝月の方が不思議そうな顔をした。

 何だというのだろうか。まさか俺が悪い事をしたわけでもあるまいが。それでも気になって、宝月は飛んでくる妖精をじっと見つめた。飛ぶときの羽の動きが小刻みで、蜂のようだと思ってしまった。

 宝月の目と鼻の先の距離まで来ると、妖精は急ブレーキをかけたように止まる。驚きに見開かれた目で凝視されれば、さしもの宝月でも落ち着かない気分になる。それでなくても過誤欲をそそられるというか、癒されるものにじぃっと見られてしまえば、何があったのかと勘繰ってしまう。……なにもなかったよね?

 何かあったらどうしようと不安に慄いている内に、妖精は小さな口をいっぱいに広げて、叫んだ。


 ――魔宰さま!


 マサイ? マサイ族?

 身も無いボケをかましている宝月をよそに、妖精たちが動きを止めた。それと同時に、銀髪の男の瞳が、ほんの少しだけ、よく見なければ気付かない程度に細まった。
 それを疑問に思う暇もなく、宝月のまわりにわらわらと妖精たちが集まってくる。


 ――魔宰さま?

 ――魔宰さまだ。

 ――魔宰さまがいらっしゃる。

 ――何故、こんな処に?


(まさいさま、って)

 俺のことか。
 いやいや、それよりもこの――。


 ――魔宰さま。今日はいいお天気。

 ――良い羽の乾かし日和。

 ――小鳥がお歌を歌っているよ。

 ――風は皆に命を届けてくるよ。

 ――森の梢が鈴の音色を奏でるよ。

 ――遊ぼうよ。


(脳に直接響いてくる)

 これは、音色だ。幸せの音色だ。清らかな音で、純粋な色だ。聴いていると心地良い。心が和やかになってくる。――それ、だのに。

(やはりと言おうか)

 宝月は何も感じなかった。
 彼らを可愛らしいとは思う。彼らが語りかけてくる子の音色も、美しいし気持ち良いものだと感じる。だけれどそれは、どこか薄っぺらくて、軽くて。宝月はやはりと思いながら、手のひらに収まった妖精のひとつを見ていた。

 皇 宝月という人間は、およそ感動する心とか、心底、といった精神を持ち合わせていないのであった。液晶越しに、書類越しに物事を見る感覚と、それは似ている。たとえば液晶画面の外側でどれほど美しい景色を見せられようと、それはどうせまがいものでしかない。感動した気になっていても、次の日にはころりと忘れてしまう程度のもの。たとえば歴史の授業で、どんなに陰険で悲惨な出来事を語られようと、心打たれることなどない。実際ではないから。自身に対する実がないからだ。

 宝月の心というのは、そういった液晶とか書類とかで出来ていたのだ。

 極端ではない。宝月自身、それは認知していた。
 寂しい人間だと思う。だけれど、それに関して何も感じない。次の日にはやっぱり、宝月は皇 宝月として過ごすのだ。

「はいはい! そろそろ離れろ妖精共ー」

 手を叩いて、銀髪の男が宝月に群がって遊ぶ妖精たちを促した。ああ、助かった。先程から髪とかを弄られて少々げんなりしていたのだ。頬をぺチぺチ叩いてくるやつもいたし。
 ほっと息を吐く宝月を見て、銀髪の男が歯をむき出して男らしく笑った。

「妖精っつーのはですね、近づいてきた危険生命体に無意識かどうか知りませんが、魅了の術をかけるのですよ。さっきからこいつら輝いているでしょう? よっぽど精神が強いか歪んでるか、それとも耐性が強いか――なんてやつじゃなきゃ、まず耐えられません。やっぱりさすがです、貴方様は」

 見事に耐えておりましたねぇ。

 のほほんとした調子で告げられたその言葉とは裏腹に、声色が少しだけ、強張っていた。



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