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無関心と魔王様
実感する


 そんな思惑はともかくとして。

 『夢の中の人』もとい冷酷そうな美貌を携えた黒髪の男に肩を貸してもらい、宝月はテーブルの席に着いた。ふらふらしていてさぞ運びにくかったと思うが、『夢の中の人』は嫌な顔一つせず、無反応を貫いた。それが彼の気遣いなのか、それとも宝月のことなどに興味がないからなのか、正確に推し量ることは出来ないけれど、先程のこともあるので、どうにも前者のような気がする。彼は宝月に対して、過剰なまでに献身的であった。少々、異常である。
 彼がなぜそんな態度をとるのか分かろうはずもないが、だからこそ宝月は、彼に対して薄気味悪さを感じていた。

「座り心地はよろしゅうございますか?」

 銀髪の男に対する口調とは明らかに違う、何かに気を遣ったような丁寧な物言い。出来のいい執事を思わせる声色はしかし、やはりどこか冷たさを含んでいた。
 どこか、これはただの事務である、と言われているような声色。本当にこのままこの席に着いていてもいいのかと思わせる声色。先程まではそう感じることなどなかったというのに、これは一体どういう変化であろうか。自分が彼に対して気味悪さを感じていることがばれたのかと、宝月は疑ってしまう。

 不思議に思っていると、快活な美貌を持つ、さながら軍人の如き格好をした銀髪の男が、椅子の間から尻尾を緩く揺らしながら、面白そうに笑った。意識が宝月に向いていたので、何事かと思い、視線を向ける。待っていましたとばかりに、彼は言った。

「兄さんったらこれ、緊張しているのですよ」

 クツクツと喉の奥で笑っている。

 どういうこのなのか、と宝月が首をかしげると、教えてくれた。

「兄さん、誰かと話す行為が極端に苦手な野郎でしてね。それが、自分が忠誠誓った相手と至近距離で話すとなったら……。おまけに、お二方、俺が見た時凄い距離近くて、おまけに見つめあっ――」

 スッコーン、と軽快な音が鳴って、同時に銀髪の男が仰け反った。「のぎゃぁあああ!!」なにやら喚いている。

 予想しなくても誰がやったのかは、さすがに今までのやり取りで分かったとはいえ、そんなに頭に命中させないでもいいじゃないか。銀髪の男を憐れむように見て、宝月は思った。

 エプロンを外して丁寧に折りたたみ、片付ける姿は、なるほど“デキる男”を体現したかのような出で立ちである。だが行動が凶暴すぎる。それがコミュニケーションというのであれば、宝月が何かを言うのは筋違いというものである。しかし、見ていていちいち痛そうなのでたまらない。悶える銀髪の男を見ながら、宝月は痛むはずのない頭頂部を撫でた。
 僅かに眉をしかめて、ふと、ん? と思う。こいつ今、忠誠を誓ったって言っていなかったか。
 んん? と更に眉をしかめる。痛むはずの無い頭が痛み始めたような気がした。嫌な予感しかしない。

 それを見ていち早く反応したのが『夢の中の人』だった。素早く宝月の横にそのがっしりとした長躯を配置させ、心配げに聞いてくる。

「如何なされましたか。頭痛ですか? 御不便などございますか? なにとぞ、申しつけたいことなどございましたら、御遠慮なさらないでくださいませ。この竜、不肖の身にございますが、全身全霊、命を賭して奉仕させていただく所存にございます」

 床に膝をつき、右拳を胸にあて、頭(こうべ)を垂れる。

 この動作には、さすがに鉄仮面で知られる宝月でも頬が引き攣った。

 丁寧、ではもちろんある。むしろ丁寧過ぎる。しかし、これは出来のいい執事、などという領域を遥かに超えていた。

(忠誠心)

 まさしくそれ以外になかった。
 この男は間違いなく、宝月に対しての忠誠を知っている、誓っている。何もしていない、ただの寝込んでいた客人という立場であるはずの宝月に対して、忠誠を――。

「…………」

 なぜ。そんな言葉も、声にならない。銀髪の男に聞いてみたかった。忠誠を誓うって、もしかして……。だけれど意思に反して、やっぱり声は発せられない。

 思わず奥歯を噛み締めた。役立たずだ。この短時間でどれほど思ったであろうか。今の宝月にとって、これほど悔しい事は無かった。
 せめて、声くらい出させてくれてもいいじゃないか。そうは思うが、役立たずの喉は、やはり震えなかった。

 宝月は『夢の中の人』を見下ろした。膝をついて尚、『夢の中』で銀色の狼を叱っていた凛然とした姿が、そこにあった。息を吐いて、宝月は彼に手を伸ばした。ピクリ、彼の肩が微かに揺れた。その肩を、宝月はポンポンと叩いた。
 はじかれたように顔を上げた『夢の中の人』を認めて、宝月は首を横に振った。

 大丈夫。何にもない。

 その意図が伝わったのか、『夢の中の人』は安心したように目元を緩めた。赤色に輝く宝石が、安堵の色を灯す。

(初めて顔を合わせた時も、安心した時は目元を和ませていたっけ)

 鋭い目つきが幾分か和らいだ表情には、柔らかな美しさがあった。



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あきゅろす。
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