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無関心と魔王様
自覚する


 そうこうして悩んでいる間に、『夢の中の人』が調理を終えたようで、ぐつぐつと煮える音が消えた。少々甘ったるくて、だけれどいいにおいが小屋全体に広がる。ベッドの上でそのにおいを嗅いで、腹が物足りなさを訴えていることを宝月は自覚した。不可解な事がありすぎて忘れていたが、そういえば自分は、日本にいて仕事をしていた一昨日からまともな食事を摂っていなかったと思い出した。思い出すと、途端に腹が空腹を訴えてきた。
 今にでもギュルギュルと音を立てそうな腹はしかし、宝月の「自覚」には訴えるくせに「身体」にはなんの反応も見せなかった。

 広さはあるが深さのあまりない木の碗に注がれてゆくなにかのスープを恨めしい思いで見つめる。用意されていた四つの碗すべてにそれを注ぎ終わった『夢の中の人』は、実に器用に両手で全て持ち、テーブルへと運ぶ。優雅な動作である。洗練された貴族を思わせる動作はしかし、彼の無表情のお陰で冷徹な印象を受けた。

 自分の前に置かれた碗の中身を見て、銀髪の男の尻尾がゆらゆらと揺れた。後ろからなので表情は見えないが、あの快活そうな瞳を輝かせているに違いなかった。

 四つの碗がテーブルに配置され、どこから取り出したか木製のスプーンをそれぞれの碗の横に上品に置く『夢の中の人』。その様子を、宝月はやはり恨めしい気持ちで見ていた。
 腹は先程から空腹を訴えている。しかし今、宝月は喋る事も、ましてや歩くこともできはしないのだ。立ち上がることすら幾度かの挑戦の末諦めたというのにどうやってあの食事にありつくことができようか。
 この小屋の中にある気配は、三つ。自分と『夢の中の人』と銀髪の男である。テーブルに配置された碗は四つ。宝月の分も注いでくれたと仮定するとして、三つは確実にこの場にいる全員の分であろう。なら、もう一つは誰の分であろうか。銀髪の男のように、客人が来るのだろうか。それならば、疑問に思うことも無い。

 ならば問題はやはり、自分の不快極まりない身体である。喋ることが出来ないのはまあいい。別に人間、喋るために生きているわけではない。
 宝月が何よりも気に入らないのは、己の体を己の意思で自由に動かすことが出来ないことである。同じ言語の種族と喋る事も出来ず、自分の意思すら身体に黙殺され。これではまるきり、獣ではないか。否、動くことすら満足に出来ぬのであるから、今の自分は畜生にも劣る存在となりえる。なんたる屈辱であろうか。

 しかし、理性のある唯一の動物である人間が、本能に対して攻撃を繰り出されたからといって反撃する道理がない。理性があるから人間なのだ。本能の赴くまま、欲望の語りかけるままに行動してしまっては、それこそ畜生にすらかなわぬ存在となる。

 故、宝月は今すぐ自分の身体を満足ゆくまで殴ろうとする拳を、理性を持ってして自制していた。簡単な事以外は何もできない役立たずな手かと思っていたが、野生的な意思には反応するらしい。実に迷惑である。

 まあ、いい。いずれは解決する問題だ。ひとまずは、その問題も置いておこう。とにかく今は、腹が減った。腹が減っては戦は出来ぬ、である。とにかく腹に何かを入れて、冷静に現状を理解しようではないか。此処がどこかも気になる。なぜ自分という存在がこんなところにいるのかも気になる。知ってしまえば受け入れるしかない問題であろうし、その前にはまず、やはり頭を冷静にする食事が必要であろう。
 それに、この男たちが現れた時からずっと疑問に思っていたこともある。

 考えたところで、なんとも丁度いい絶妙の間で、『夢の中の人』が宝月へと歩み寄ってきた。そのまま、宝月の傍で斜めを向いて片膝をついた。一瞬ぎょっとする。
 す、と流れる様な動作で手が差し出された。彼の冷たい美貌と、強く涼しげな瞳にかち合う。

 見事なまでの、赤だった。

 ひゅ、と喉が小さく音を出す。

 男はそれに気付かぬ様子で、宝月と視線を交わらせ、手を差し出したまま、言った。

「穢れたこの存在に御触れになる事を許容して下さるのならば、御手を。お運びいたしまする」

 随分とかしこまった言い方をされた。
 なんだ、ここの人は、そういった感じにかしこまって話すのが風習なのだろうか。ならば、見習わなければならない。郷に入っては郷に従え、ということだ。その言葉に嘘偽りはない。慣れて受け入れなければ、そこで生活することなどかなわぬのだから。

 差し出されたその手に、宝月は手を乗せた。男の健康的な肌とは対照的なそれを見て、宝月は、認識を新たにした。


 案外、自分の今抱えている問題は、洒落にならないほどに大きなものらしい。と。
 そう、直感が告げた。



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