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無関心と魔王様
観察する


「うぅっ……お、侵された、冒された、犯された……ついでにいろいろ汚されたぁ――!」

 うわーん、とどうやら冗談抜きに泣いているらしい銀髪の男が、キッチンの横にあるテーブルに突っ伏していた。

 さすがに申し訳ないなと思いながら、しかし傍に行って慰めることもできないので(歩くことも喋る事もできないから)、宝月はただただベッドのふちに腰掛けてそちらをじっと見ることしかできない。申し訳ないな〜という念を乗せながら。
 だが、誰がどう見てもその視線は、なにやら自己主張を始める、ばしばしと椅子の足を叩く尻尾に向いていた。まったく反省の色なしである。

 そんな宝月の様子はともかく、『夢の中の人』が、わんわんと泣き喚く銀髪の男に向かって非常に鬱陶しそうな目を向けて、言った。

「被害妄想も大概にしろ。無礼にも貴様から御触りいただくよう進言したというのに、なんだそのみっともない姿は。武人なら武人らしく、毅然としていろ」

 腰に手を当て、ぐつぐつと煮込んでいるものをお玉でゆっくりとかき混ぜながら、一括りに結ばれた長い黒髪を背中で揺らして言う姿は、実に格好よかった。人(人……?)に言う言葉としては結構最悪で辛辣なのだが、そこには確固たる自信があった。厳しい言葉であっても、自分は間違っていないと確信しているからだろう。その唇から発せられる声さえも格好よく感じた宝月である。

 銀髪の男と違って、『夢の中の人』は、少なくとも人間に見えた。ただ、あまりにも浮世離れした雰囲気は、やはり人間というにはどこか違和感を覚える。(推測したところ)こんな森の中に暮らしているだけでも変人であるが、彼から感じる浮世離れした雰囲気というのは、そこから来ているのだろうか。

 後姿だけでも、と銀髪の男から視線を外して、宝月は『夢の中の人』を観察した。立ち姿とかいちいちの仕草が実に戦士らしいので、宝月の視線には気付かれるだろうが、まあ、いいだろう。そこらへんは適当な宝月である。

 一番最初に目につくのが、腰まで垂れている長い黒髪である。艶やかで、まとまりのある毛髪。髪がぱさぱさするとかまとまらないとか癖っ毛が気になるとかのお悩みをお持ちの女子たちがハンカチを咥えて悔しがりそうな髪である。うなじのあたりで、結ばないと邪魔なんでとりあえず結んでみましたーとか言ってそうに、ぞんざいにまとめました、という感じを醸し出すわりにはまとまりがあるせいでやはり美しく感じる。全国の女子に羨望を通り越して殺意を抱かれるのではないかと思われる結び方である。そこに最初に目が言ったのはやはり、男にしてはやけに長いせいだろうか。わからないが、人目を引きつける。髪で人を引き付けるというのもどうかと思うが、もっといろいろな髪型を試したくなる。

 腰に手を当てているが、その腰と手が、またすごい。健康的に焼けている。腕にも胴体にも尻にも足にも、しっかりと筋肉が付いているくせに、美しいラインで、なおかつ細い。逞しさを感じさせるが、若々しさも兼ね備えている。顔も、今まで見たことがないくらいハンサムだし、最強かこいつ。

 和風スタイルのカフェエプロンを身に付け、両足でしっかりと床を踏みしめている後姿は、なんとも言えない格好よさがある。

(父のようだ)

 宝月の父が、ちょうどあの『夢の中の人』と酷似した雰囲気を持っていた。男らしくて、若々しくて。宝月などは小さい頃、そんな寡黙で無愛想でおまけに目つきが最悪な父を信頼し、その背についていきたいと思っていたのだ(今でも思っている)。仕事が忙しくて、週に一・二回、会うかも分からない父だが、そこには確かに、息子に対する信用とか愛情とかがあった。全力で愛されていると分かっているからこそ、宝月は父が大好きで、尊敬していた。

「被害妄想って……。くっ……! 兄さんにはなんというかこう……情というものは無いのですか! 血も涙も無い鬼め! 鬼通り越して鬼畜め! 恨んでやる恨んでやる恨んでやる――ッ!!」
「やかましい。というか嘘泣きだったかやはり」
「嘘じゃありませんー。泣いてましたぁー。最近の戦争の多さに嘆いてましたぁー」
「嘆くほどの頭があったとはな」
「暗に馬鹿って言いたいのか――!!」
「さぁな」
「むきー!!」

 プンプンという可愛らしい怒り方をして(やけに似合っている)、銀髪の男は、ふと、と言った様子で『夢の中の人』を見た。その時に、さらり、と『夢の中の人』とは対照的な、輝くような銀髪が揺れた。

 その髪を見て、思う。
 そういえば、この二人は実に対照的だ、と。

 耳と尻尾を抜かせばの話だが、静かで浮世離れしている雰囲気(と性格)をしている『夢の中の人』に比べて、銀髪の男は、言っちゃなんだが俗っぽい。街に出たら、女の子からの視線を集めているのをいいことに、「お姉さん、お茶しな〜い?」と若干古いナンパ方法で若いとか年増とか関係無しにホテルへインしそうだ。へらりと軽薄そうな顔(かんばせ)が、その印象に一役買っていた。

 煌びやかな宝石もかくやの光り輝く銀髪が、やはり最初に目につく。なんだろう、本当の美形の髪というのは思わず注目してしまうものなのだろうか。そう思いつつ、もう一度、観察する。

 深緑で襟詰めの服を着ている。学ランのような形状だが、銀髪の男の隙の無い動作と相俟って(一見隙だらけに見えるが)、軍服のように思えた。実際、そうなのだろう。手には、礼装用の手袋(タクシーの運転手とかが付けているもの)をキッチリと着けている。足には膝下まであるエナメルのブーツ。これは、深緑の軍服と違って黒色だ。軍服に手袋にブーツ。軍人、なのだろうか。
 見た目だけなら、何処かのボンボンの坊ちゃんという体なのだが、鍛えられた肉体も、一ミリの隙もない動きも、軽薄そうな外見をうち払っている。

 そして、ハッとした次の瞬間には、また、男のことを軽薄な奴だ、と印象付けてしまう。
 先天的なものなのか後天的なものなのかは定かではないが、間違いなく宝月は、男のことを「デキる奴」だと認識していた。やはり印象だけは、軽薄なままではあったが。

(それにしても、だ)

 観察を終えて、宝月は自分の足を見下ろした。病的なまでに白くて、自分でもぞっとする。昨日、恐らくは昨日。一体どれくらい寝ていたか分からないから昨日と結論づけてみるが、昨日。昨日までは、健康的に焼けた、小麦色の肌をしていたはずなのに。

(謎と不思議が多すぎる)

 自由に動かない身体。言葉を発せない喉。白くなった肌。日本かどうか、あるいは地球かどうかすら怪しい場所。本物の獣の耳と尻尾を取りつけた美貌の男と、人とは思えぬほど怜悧な美貌の男二人。

(ふしぎ発見、などしたくないぞ、俺は)

 阿呆な事を考えて、宝月は自身を嘲笑した。

(よもや、ここが異界というわけでもあるまいに)

 ――異界。

(ふむ)

 なによりも、宝月は不快であった。
 何が、というわけではない。ただ、そんな言葉の響きが、なんだか不快だった。

 その感情が、宝月には分からない。ただ漠然と、理性も無い感情が「嫌だ」と訴える。此処を、今宝月がいるこの場所を、「異界」という遠い存在として扱うことを、宝月の感情は拒否する。
 なぜだろうか。
 まだ、此処が「異界」と決まったわけではない。もしかしたら、普通に日本かもしれない。もしかしたら、地球の何処かかもしれない。銀髪の男の、不可思議な耳と尻尾は、よく出来た機械なのかもしれない。
 何一つ、此処が「異界」と決まったと判断できる材料がない。

 もしかしたら、あまりにも清涼な空気の中にいるから、ここが日本(もっと言えば地球)かどうかを疑ってしまったのだろう。山の中や、保護対象になっている観光名所の自然はともかく、最近の日本の空気は、随分と淀んでいる。
 「昔の小ざっぱりした空気がなつかしい」とは、宝月の偉大なる父上の談である。煙管くゆらしながらそんな事言われても……と、幼いながらに宝月は困ったものである。
 「和」というものがなによりも好きな彼の父上殿は、格好も仕草も、なにもかもが古風であった。ひょっとすると、生まれは江戸であろうかとも思ってしまう宝月なのであった。

 閑話休題。

 なにがともあれ、宝月はとりあえず、この場所の名を聞きたかった。
 名を聞くぐらいならば、この地に住んでいるらしい『夢の中の人』に尋ねればいい。しかし、今現在声の出ない宝月にとって、その行為がひどく困難な、しかもとてつもなく難儀なことに思えた。
 「此処は何処ですか」という質問すらも自由に行えないとは。
 本当に、本当に、不快な身体になってしまった。立ち上がることのできない脚と病的に白い手を見下ろして、宝月は僅かに眉を顰めた。

(どうするべきかな)

 ふ、と息を吐いてベッドに倒れ込む。人様の家で実に失礼な態度であるが、今まで自分が寝ていたベッドなのだから別に好きにして良いだろうと、宝月は頭の片隅で思った。
 傷の付いた天井を見上げる。先程まではそうでもなかったのに、今は遠くに見えた。



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