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無関心と魔王様
堪能する


 光を反射して眩しい程の銀の髪である。無造作とも言えるし癖っ毛とも言える。だが、男の快活な美貌に怖ろしく似合っていた。染めているようにも見えない。稀に、白髪を持つ人間が生まれてくるというのは知っていたが、ここまで見事な銀髪は初めて見た。神々しい、という表現が似合う人物ではあったが、にこにこと緩められる表情を見てしまっては、どうにも可愛らしい幼子を錯覚してしまう。体格はいい。上背もある。それでも、表情一つで人の印象というものは変わってしまうものなのか、と自分の鉄仮面と比べながら、宝月は思った。

(いや……)

 混乱する頭で、否定する。正確には、この人は、『人』ではない。自分で何を言っているのか本当に分からないが、この銀髪の男は、間違いなく『人外』だ。

「…………」
「? どうしました? お腹空きました?」
「なにっ」

 銀髪の男の言葉に、黒髪の男が反応を示す。「そうなのですか?」聞かれたので、とりあえず首を横に振っておく。腹ならば減っていない。それよりも、問題は目の前にいる銀髪の男だ。

「?」

 じっ、と見つめていると、首を傾げられる。なにも分かっていなさそうな、純真無垢な表情。無表情でいれば冷たい雰囲気になってしまうのだろうが、やはり、元気とか快活とかの印象しか受けない。スタイルも顔も良い。……だけれど。

 パタパタ、と銀色の尻尾が嬉しそうに揺れる。ピコピコ、と銀色の獣耳が周りの音に反応するように動く。この耳と尻尾が、ちゃんと犬とか狼とかに付いていれば、宝月とて、初対面の男を凝視するなどと失礼な真似はしなかったかもしれない。
 だが、人間に到底つくことのない獣耳やら尻尾やらが付いていたら、思わず凝視するだろう。

「? ? ……あ、分かりました。分かりましたよ俺! そうですか、尻尾に触りたいのですね!」

 キラキラと翡翠の瞳を輝かせて、銀髪の男が、座っていた揺れ椅子の後ろに体重をかけて、「とうっ」その力を利用するように、宝月の座っているベッドのふちまで跳躍してきた。「えっへへー、十点!」両手を上にあげて、体操選手が最後に取るポーズで、男は嬉しそうに笑った。どんなことをしていても嬉しそうに笑うので、宝月は和む。
 しかし、そんな男に鉄槌を振り下ろす人物が一人。

「人の家で暴れるんじゃない」
「ぬごっ!?」

 ゴイン、と非常に痛そうな音が響いた。銀髪の男の側頭部に当たって、クルクルと上空を舞っていた鈍器らしき何かが、ゴトンと思い音を立てて床に落下した。ハンマーだった。下手したら死ぬものだった。

 痛い痛いと側頭部を押さえながら悶え苦しむ男に、宝月は何もしてやれなかった。というか、見下ろすことしかできなかった。

(冷静そうに見えて実は凶暴)

 なるほど、と銀髪の男にハンマーを投げつけた黒髪の男の評価を付け加えた。当の本人といえば、台所に立って何かを煮込んでいる。あの男が帰ってくる前にも何かを煮込んでいたから、それだろう。なにやら濃厚な、いいにおいが漂ってくる。

「う、うぐ。ま、負けませんよ俺は。あんな暴力男に負けてたまるもんですか!」

 殴られたことに対してはあまり気にしていないらしい。

 目じりになにやら光る物を溜めているが、「いつものこと、いつものこと……」と呪文のように唱えていた。いつものことなのか、あの殺人的光景が。少々ぞっとした。

(この二人のスキンシップは過激、と)

 心のメモに記す。

 と、銀髪の男が立ち上がった。もうそこには、痛がっている様子はなかった。立ち直りが早いというか耐性があるというか。いつものことというのは存外、大げさな事ではないらしい。

「さ、いろいろお見苦しいものを御見せしましたが、どうぞ!」

 ずい、と尻尾が目の前に差し出される。

「ふさふさですよー。自分で言うのもナンですがね」

 こちらを挑発、しているつもりはないのだろうが、宝月から見れば充分に挑発的な動きで、ゆらゆらと尻尾が揺れる。くっ、本当にふさふさだ。見ているだけで和む見ているだけで癒される見ているだけで何かが刺激される!

 むんずっ。

「ふぎゃ!?」

 全身の毛を逆立てるように、銀髪の男が身体をすくめた。ぶわり、と尻尾が膨張するが、そんなことは関係ない。

 ふさふさだ。そしてさらさらだ。つやつやでやわらかくて、病みつきになってしまうような。

(…………)

 これは。だめだ。
 いろいろと。

 その昔。宝月は、あまりにも動物を愛ですぎて、廃人になってしまった過去がある。愛でて愛でて愛でて愛でて愛でて愛でて愛でて愛でて! 結局、殺してしまった。

 本当に昔の話だ。物心がつき始めた、幼いころの記憶。今思えば、『ヤンデレ』というやつだったのかもしれない。いやあ自分でも自分が恐ろしい。

 だが、今でも過去の自分の気持ちは、痛い程分かる。好きな物は独り占めしたいし好きな者は内臓から血液から全て自分の者にしたい。つまりは、今の自分も、『ヤンデレ』の気質が充分にありあまるということだ。

 だからあまり、何かに夢中になりたくはなかったのだが。

(このふさふさは、無理)

 耐えられるわけがない。この究極のふさふさを、超絶美しいふさふさを、自分が野放しにできようはずもない。

「に、ぎゃっ、ふぁっどぉおおおお……!」

 なにやら色々と耐える様な声が間近から聞こえるが、宝月の知ったこっちゃない。とりあえず今はふさふさの尻尾! である。

「あの、スープが煮えましたが、いかがいたしますか…………襲われている?」
「そう見えるのでしたら助けてこの人尋常じゃない撫で方が尋常じゃない気持ち良すぎてどうにかするというかむしろ快楽が! ぬぉおおおお……っ!? ぬぎゃっ、どぅっ! ぬごぉー! いやぁぁあああもう無理ぃいいいいい!!」
(ふさふさ、ふさふさ)
「というか目が正気じゃない!」
「……あー……、お腹が空いていらっしゃるようなので、スープをお持ち致しますね」
「え、無視!? 現在ただ今結構な窮地に立たされている俺は無視!? 兄さんの中で優先順位がはっきりしすぎて逆に気持ち悪い! にっ……!? ひょわあああああ!!」
(ふさふさ、ふさふさ)
「駄目だこの人俺の尻尾のことしか頭にない」


 しばらくグダグダが続いた。


 * * *



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あきゅろす。
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