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幻水学園高等部
水飲み場 (シード)




きゅ、と捻ると、上を向けられた蛇口から水が溢れ出す。


ああ、ぬるいな、と思う。

部活終わりに冷たい水で体を冷やしたいのに、初夏の気候で水道水も夏の準備か。



『ユメちゃん、帰りましょう』


脳裏に浮かぶのは、
親友の屈託のない笑顔と、その隣の、もうひとつの笑顔。


ぎゅ、と蛇口を更に捻る。
勢いよく吹き出すぬるい水が顔を濡らす。



『先帰って?私はちょっと今度の試合のことで残るから』



優しい二人はそれでも一緒に帰ろうと言ってくれたけど。

顔を洗ったって、この気持ちも彼らの幸せそうな笑顔も私の中から消えてくれない。



あー、もう!

水を止めて顔を上げた。
顔から首を伝うぬるい水が気持ち悪い。
しかも前髪はびしょびしょ。


「……最悪」


「何が?」


「のわ!?」

突如、後ろから降ってきた声に、
なんだか物凄い反応をしてしまった。
普通にビックリするよ!
えーと、バスケ部の人だよね。


「ん。拭けば?顔くらい」


「…あ、りがと…」


背後に現れた男子生徒はタオルを差し出してくれて、私も流されて拭いてしまったけど、これって、私はすごく恥ずかしいんではないだろうか。
独り言は聞かれたし、前髪びしょびしょだし、タオルを男子に借りるし、変な叫びを……。


「大丈夫。今日はそれ使ってないから」


「へ?」


「今日朝練なかったからな。一枚余ったんだよ」


ああ、このタオルね。


「ありがと。バスケの、シード君だよね」


「おぅ、知ってたのか」


「そりゃ、ね。高等部からの人はそれだけでも目立つし。有名だよ?バスケ部に王子が二人入ったって」


「二人?」


「うん、ジョウイ君とシード君」


「ジョウイはいいとしても、オレが王子だぁ?キモいな」


「はは、シード君は確かに王子ってタイプじゃないねぇ」


「だっろ?」


「王子って、ルック君とかフッチ君みたいな大人しそうな美少年系のことだよね。クラウス君とかもそうかな?」


「ぜんぶ腹黒系だな」


「フッチ君は違うよ?」


「他は肯定、か?」


「まぁ、ね?クラウス君はまだよく知らないけど、ルック王子は、ね。そーいや、昔、ルック君とフッチ君、よくケンカしてたな。実はフッチ君も腹黒だったりして。ははっ」


私が笑うと、シード君はなんだかほっとしたみたいな顔をしてから、目を細めて笑った。
意外。笑うとかわいい。


「ま、クラウスはまず、別にたいしたイケメンでもねーな」


「そうかな?カッコいいと思うけど。地味に人気あるよ?ジョウイ君に彼女出来たからって諦めた子達が狙ってるって言ってた」


「……お前もか?」


「えっ、えー?何言ってんの、んな訳ないでしょ?まずジョウイ君に惚れないし…だって、ジルは私の親友だよ?」


「そんなん、関係ねー。
…つーか、ジョウイのこと聞いたつもりじゃ………」


「シード君?」

眉根を寄せたシード君は妙に凄みがあった。


「そーいや、クラウス、彼女出来たぜ」


「え!?誰!?…あ、最近一緒にいる子!?」


「あー、たぶんそれだな」


「そっか、なんか良い雰囲気だったしね。
私はてっきりあの子はシード君の彼女だと…」


言ってしまってから、気付いた私は馬鹿だろう。


「は?彼女なわきゃねーし。腐れ縁てやつだ。
そんだけ」


シード君は、きっと彼女が好きだったんだ。
私と一緒、なのかもしれない。


「シード君て、もっと恐い人かと思ってた」


「なんでだよ。つか、ちゃんとオレも認識されてたのにビックリだ」


「認識?」


「お前、バスケの方見てても絶対ジョウイしか見てないし」


「そ、んなことない、よ?」


「わかりやすいんだよ、お前。ジョウイの彼女よりずっとジョウイのこと見てたよな」


「………そうかな?…ジルにも、ジョウイ君にも、バレないように気を付けてたんだけど…」


「安心しろ。あの二人は気付かねーって。
むしろ気付いたのはオレだけだろうし。オレ、勘いいの」


「…駄目だね、私」


シード君は私と同じだから、気付いたんだろうな。
私が気付いたみたいに。
報われなかった片想いの苦しさは同じ気持ちを持ってる人しかわからない。


「駄目じゃない」


「ん?」


「知ってるか?バスケの一年、お前のこと狙ってるやつ多いって」


「はぁ?
ジルの間違いでしょ?」


「部活中、視線とか感じねーの?」


「えー?だから、ジル見てんでしょ?」


ずっとそうだもん。
私は、ジルの影みたいで。
ジルは光みたいに輝いてて、綺麗で。
困ったことに、そんなジルが私も好きだから。
大事な親友。
劣等感とか嫉妬とか、そんな情けない理由なんかで手離せない、無二の友。


「………お前、苦労してたんだな」


「そう?もう慣れたよ。
だから、ジョウイ君のことも、そのうち慣れる」


「辛くねーの?」


「辛いよ?でも、親友と好きな人が笑ってるなら、それでいいと思わない?」


「ちゃんと笑ってんなら、な」


「私達、健気だねぇ」


「オレ?違うけど」


「何が?」


「オレは、見てるだけはごめんだ。
好きなやつはオレが笑わす」


「カッコいいなー。まだ諦めないんだ?」


「諦めるかよ。むしろチャンス?」


「え?チャンス?」

彼女、クラウス君と付き合っちゃったのが?なぜに?


「チャンスだろ。好きな男、親友に取られてブロークンハート」


「……?」

えーと、それはむしろ私の境遇ですが?
シード君の好きな子はクラウス君の彼女じゃないの?


「まずは、もっとイイ男がいるってアピールしとかないとな!」


「…えーと?」


「言っとくが、ジョウイも腹黒だぜ?絶対。
あんなやつよりオレのがマジで性格イイし、カッコいい」


そ、それって、
私に言ってる…よね?
どうしよう!?

思わず顔をタオルに半分埋めて、はっとする。
このタオルはシード君のだった!
わわわわ、なんだこれ、すごい恥ずかしいよ!


「えっと、とりあえず、…タオル、洗ってお返しします…?」


「いいって……あ、いや、じゃあよろしく。んで、明日の部活終わりに返しにきて」


「うん、」

ってか、あれ?明日?部活終わりに?


「よしっ、お前もオレのイイ男っぷりがわかってきたところで、帰りますかー。
知ってた?オレら路線一緒だって」


「えっ、え?」


「帰ろうぜ、明日は先帰んなよ?」



これが、
少し強引な彼と私のはじまりでした。






2012.5.25.

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あきゅろす。
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