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いつか、幸せの先。 (土方)
長編「今日〜」シリーズ→青の世界の「明日〜」シリーズのスピンオフ?「明後日、顔見に行こっかな。」の過去編。うーん…ややこしい。


――――――――――




「十四郎君」


縁側に面した、みんなの憩いの一間。

日中は陽が良く当たって、ぬくぬくと猫や沖田くん、時々そのお姉さんも微睡んでいたりする縁側。
ひとり、ふたり、とみんながここに集まるのは必然だと思う。

近藤さんの道場の母屋の、
温かい場所。

私も、ここが大好きだ。


夕陽が赤く染まってもうしばらくたって。
だんだん陽の温もりよりも、ひんやりとした夜の空気が強くなってく。
そんな時分。

そんな憩いの縁側には、煙草を燻らしながら独り柱に背を預けて立つ目付きの悪い男しかいなかった。


「十四郎君」

返事が無い。
と、もう一度彼の名を呼ぶ。

さも面倒。と言わんばかりに煙を吐き出してから、

「……なんだ」

一言。
まぁ、こいつが愛想良くても気持ち悪いし、こんなもんだ。


「冷えてきたけど」

「……あぁ」


成り立つ会話もこれだけらしい。


「…煙草、頂戴」

「ん」

「ありがと」

「今度返せよ」

「はいはい。
ふぅー…」

火を付けて、一息。
最初のこの一呼吸は、どうしても深くなるものだ。


「はー、…生き返る…」

「今日は?」

「ん?」

「…今日は吸わなかったのか?」

「ああ、うん、
さっきまで沖田姉弟と一緒に出掛けてきたから」

「…………そうか」


可愛い(が可愛いげない)弟分の沖田君。
背伸びしたいらしい彼は、総悟君と呼ぶよりも沖田君と呼ばれる方がご機嫌が良い。
少しでも対等にみられたいのだろう。
でも、そういうところが可愛いのだとは気付いてない。
ほんと、可愛いマセガキだ。


「ふふ」

「…あ?」

「ううん、ふふ、ちょっと思い出し笑い」

「なんだそれ…」


沖田君のお姉さんは、ミツバさんという。
とても、たくましくて、でも弱い女性だった。
美しい女性だ。

彼女は、性格も気持ちも強い女性なのに、とても体が弱い。
だから、彼女がたくさん出掛ける時はなるべく私も一緒に行くようにしている。
沖田君だけではどうにもならない時もあるので。
もちろん、彼女といるときには煙草なんか吸わない。吸えないよ。

だから、今日はこの一服が、特に美味しい。



「どうなるんだろうね」

「………」

何が、とは聞かれなかった。

「沖田君は、まだ若い」

「………夢乃、」

「ん?」

「…いや、いい」

「なにそれ。そーゆーのナシじゃない?」

「…ちっ………お前はどうすんだって聞こうと思ったけど止めたんだよ。聞くまでもねぇだろ」

「よくわかってるねぇ」

「お前は、俺にどうすんだって聞かなかったからな」

「そりゃあ、聞くまでもないでしょ」

「ああ」

「同じだから、私たち」


同じなんだ。
私も十四郎君も、近藤さんに救われた。
独りで、冷たい場所にいたのを。
こんな温かい場所に迎え入れてもらった。


「近藤さんは、私に世界をくれたから」

「…違いねぇ」


どこまでだって、着いていく。


「でもさ、私、十四郎君には別のこと聞こうと思ってた」

「あ?」

「聞くのどうしようか迷って。
じゃあ折角だから聞いとく」

「めんどくせぇ…」

「彼女、置いてく気?」

「…………………」


虫の声が聴こえ始めた。
それに雑ざって、不機嫌丸出しな舌打ち。

聞かれたくない?
そうだろうね。

「聞かないであげようとも思ったんだけどさ。
彼女も十四郎君も、あまりに意地ばっか張るから」

「…………………」

「………私は、苛々する」

「お前には」

「関係ない。…知ってる。
でも、聞く」

「…ちっ、」


諦めなのかな。
彼は、頭を掻いてから
私の腰掛ける縁側の縁にやって来て、
隣に腰を下ろした。

煙草を一本改めて火を付けて、
私にももう一本くれる。

どうやら覚悟を決めたらしい。


「悪かった。……お前は、関係なくは、…ないんだ、きっと」

「私?…家族みたいなもん、だから?」

「わかんね」


なんだか、今日の母屋はとても静かだ。
沖田君が帰ったからとかだけじゃなくて、たぶん。…みんながそれぞれの選択をしているんだろうと思う。
決まっていても、きっと、たくさん考えることがあるんだ。
私たちみたいに。

縁側に、二人分の煙が流れてく。

もうすっかり夜だった。


「彼女には、幸せに暮らして欲しいと思ってる」

「…うん、」

「そんだけだ」

「十四郎君の幸せは?
考えたこと、ない?」

「……どうだかな。
それも、夢乃と同じなんじゃねぇ?」

「そっか」


あ。今日は三日月だったんだ。


「夢乃、……自分が幸せか、考えたことはあるか?」

「ははは、珍しいね。今日はよく喋る」

「うるせぇ。煙草2本恵んでやったろ。
黙って付き合え」

「ははーぁ」

茶化して拝んでみた。
だって、なんか、今日は私たちらしくなくてさ。
落ち着かないじゃないか。


「お前は、…お前も、いつか、幸せに暮らせよ」

「はぁ?
それ、私が今残念な人生やってるみたいなんだけど」

「女が刀振り回して鍛えて、…これから男の中で暴れるために上京するって…どこに残念でない部分がある?」

「失敬な。
私は…、……幸せなんだよ、今。
十分過ぎるほど…幸せなんだ、ずっと。」

「…………そうか」

「強がりじゃなくて」

「わかってる。
同じ、だもんな」

ちょっと、びっくりした。
てことは、十四郎君も、同じように思ってるってことで。

…そっか。
同じ、なんだね。
君も、今、幸せなんだね。

………………よかった。


「楽しくて、…ここと別れるのは寂しいけど。
まだまだ、私の道は近藤さんと同じ場所に延びてる」

「ああ」

幸せ、だね。
私たち。


「だけどさ、十四郎君は、…もうちょっと幸せ欲張っても良いと思ったのに」

「腹一杯だ。おかげさんで」

「謙虚だねぇ」

「そーでもねぇよ」

「ふぅん」

「いつか、…この身に余る満足感に慣れたら、どうなるんだろうな…」

「ずっと幸せ過ぎて?」

「当たり前になったら」

「なるのかな?あはは。すごい贅沢」

「わかんねぇよ、夢乃。考えてもみろ、俺達が着いてくのは、あの、近藤さんだぞ」

「だね。
幸せ過ぎて、お腹一杯になって、
いつか、ずっとずっといつか…飽きたら?」

「どうすんだろうな」

「どうすんだろ」

「そんときは、…お前は、また別の幸せを探せよ」

「ふぅん?」

「約束、してくれ」

「知らないよ。
そんときになってみなきゃ。」

この男は馬鹿だなぁ、と思った。

「私たち、同じなんだから。
……わかるでしょ?」

この幸せを感じなくなる日など、
絶対に有り得ないんだって、
私はどこかで理解している。
これは、私の唯一で、絶対だと。


「…冷えてきた。
そろそろ休むよ。
煙草、ご馳走さま」

「返せよ、そのうち」

「ケチだなぁ、
じゃあ今返しとく」

「は?」

「『私は、ここに残ります。
貴方がたは、夢を追い掛けて行くのでしょう、どこまでも。
せめて、もう片方だけは離さないように、と。あの人に伝えて下さいな』」

「………」

「確かに伝えたよ」

彼女の言葉。
本当は、『いつか』伝えてくれと言われた。
でも、本当に意地ばっか張るからさ。
離れたって、そんなの。「待ってろ」その一言だけで繋がれるのに。

「もう片方…、あのやんちゃ君には嫌われちゃってるってのに、これからお守り大変そうだねぇ、十四郎君」

「…はぁ?」

「同じ、でも私は嫌われてないし〜?
手伝わないからね〜。がんばれ〜。
んじゃ、おやすみ〜」


身に余る幸せ。

君も、私も、その真っ只中にいる。

さらに道は先に延びていて。

みんなと、同じ場所へと。


時々、わけもなく、淋しさを感じることはある。

何故だろうね。私、こんなに幸せなのに。

幸せ、過ぎるのかな。






「片方、って……違ぇだろ。
総悟のことじゃない……つーか、…馬鹿…」



三日月と白煙だけが聞いていた声を、私が聞くことはなかった。





.2015.12.3.

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