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言葉にならない我が儘を (沖田)



「チッ、くそチャイナめ、今にこの俺が…」

「おや、珍しい。隊長がそんな負け惜しみを言うなんて。また神楽ちゃんとケンカでも?」


「ケンカなんて可愛いもんじゃァありやせん」


「そうみたいですね。
隊長、怪我の手当てしますから、起きるか横になるかしてください」


縁側に寝そべった状態で肘をついている隊長。
そのままでは手当てが出来ないと箪笥から救急箱を取り出しつつ言ってみる。

そうすると。
「要らねェよ」と可愛くない言葉だけがポツリと返ってきた。

これはどうやら、それなりに打撃を受けた様子である。


「そんな土方さんみたいなこと言ってるとマヨラーになっちゃいますよ。
ほら、だるいなら寝てていいですから」


多少強引だが、外向きに寝ていた隊長の体に手を掛けた。
案外甘えたな沖田隊長は、されるがまま、というより漸く素直に仰向けに寝そべってくれる。
組んだ両手の上に乗せた頭と視線とが微妙に外を向いているのは、まあ可愛らしい抵抗なのだ。
この人が、剣を交えたら悪魔のように見えるだなんて、嘘みたいだといつも思う。


「ちょっとしみますよ」

まずは、顔の擦り傷。
おでこにも、こめかみにも。反対側の頬にも。
今日も派手にやったんだろう。


「でも、いつもより少ないですね。隊服も破れてないし」


「あともうちょっとだったんだがねィ。チャイナのヤツ、旦那が来たとか言って逃げやがって」


「そうだったんですか」

それでこのアンニュイなのかと、理解した。


「いてェよ。しみる」


「はい、そうですねぇ。もうちょっと我慢して下さい」


不機嫌丸出し。甘えた丸出し。

あたしは、にやけた顔をしないように凄く頑張る。
もしそれがバレたらあたしの方が救護室行きになるかもしれないので。


「ったく、チャイナのヤツ、ゴリラ以上の何かでさァ」


「何かってなんですか」


「猛獣。よりも可愛くねェ何か」


「可愛いじゃないですか、神楽ちゃん」


「けっ。目ん玉腐ってんで?取り替えるなら手伝いやすが」


「遠慮させて頂きます」


おっと。今日は機嫌が悪いんだった。
気を付けねば。

全く、素直なんだか素直じゃないんだか。

神楽ちゃんが旦那のところに行ってしまったのが嫌なのなら、行くなと言えばいいのに。
そもそも、鉢合わせて毎回ケンカしてないで、どこかに一緒に行こうと誘えばいいのに。


(隊長、行動しないと、何も気持ちは伝わりませんよ)


あたしが言えた立場でもないけれど。




「はい、済みました。
あとどこか怪我してるとこないですか?」


「ねェ」


「…っぷ、隊長、怪我じゃないですけど、その髪の毛、なんとかしましょうか」


激しい戦闘を物語るかのような、乱れに乱れた髪。
ぼっさぼさもいいところ。


「………うるせェ」


「絡まったままだと、あとで痛いですよ。ちゃんと解かしておかないと」


「めんどくせェ」


「やってあげますから、ちょっと起き上がってください。これから夜にはうちの隊、巡察なんですから。隊長がこれはいただけません」


しぶしぶ、と上半身を起こした隊長の後頭部は鳥の巣よりも酷い感じだ。
ここでも、あたしは必死に笑いを堪える。命は惜しいので。

不機嫌そうな顔のまま、隊長は縁側に外向きに座り込む。
あたしはポケットから櫛を取り出して、膝立ちでその後ろにまわった。


「……櫛なんか持って歩いてんのか」


「ああ、今日は持ってましたね。たまたまです」


「女子だな、お前は」


「そうですよ」


「けっ、冗談に決まってまさァ。
どこの女子がむさ苦しい男所帯で平然と暮らしてるってんでィ」


「ここにいますよー。
むさ苦しい男所帯の、唯一の華が。
良かったですね、隊長、癒されるでしょう?」


「大砲向けられても刀ひとつで嬉々として弾切って駆けてく馬鹿に癒されたら、もう人生終わりだろィ」


「あはは、じゃあ隊長は大丈夫ですね、がんがん癒されて下さい。人としてはもう終わってますし。アタッ!!」


突然、隊長の後頭部に頭突きという反撃を食らった。
反撃といってもこの程度なら、やっぱり相当凹んでいるのかもしれないな。



隊長、辛いですか?


辛いですよね。

あたしも、辛いですから。





あたしは、運命だと思いました。


この人が、運命の人だって。



でも、
隊長の運命の人はあたしじゃなくて。

あたしは、あなたの幸せをただ祈るだけの女だった。


櫛だって、今夜、隊長と一緒にいられるから持ってたんですよ。
幕府の狗でも、恋する女子なんで。


でも、好きだなんて、言えないから。



好きです、と言って、
あなたを困らせたら、
もしかしたら、何か変わるのかな。

この気持ちに区切りを付けられる?


恋に憧れていた時には、
例え片想いでも、恋がしたいと切望したのに。
叶わぬ片想いをしたらしたで、
こんなに辛いのならば恋なんてしたくなかったと思う。
だけれども、この想いは大切だから失くしたくない。

あたしは、なんて我が儘なのだろう。



「隊長、もっと我が儘言っていいですよ」


「は?」


「あたし、すごく我が儘なんで。だから、隊長も、言っていいですよ」


「へェ?お前が我が儘?初耳でさァ。例えば?」


「例えばですか?
んー、誰が見てもお似合いだから、好きな人の恋を応援するって決めたのに、いざ二人が仲良くなると…こう…もやもやして…上手くいかなければいいのにと思ってしまいます」


「……女子か」


「だから、女子ですって」


「ふーん。お前、我が儘ってそれ思ってるだけじゃねェんで?我が儘ってんのは口に出して初めて我が儘になんでさァ」


「そう、か…。そう、かもしれません」


でもね、隊長。
口に出しても、絶対に叶わない言葉は、辛いだけなんですよ。

『神楽ちゃんになりたい。』
『あたしを見てください、隊長。』

口に出すほどの強さはまだあたしにはないから。

隊長。
隊長の我が儘なら、届くかもしれないんですよ。
届くかもしれないのに、どうして口に出さないんですか?


隊長、あたしは辛いです。

隊長の分まで、辛いんです。


それでも、こんな恋が出来たあたしは幸せだとも思うんです。

叶わなくとも、あなたを好きになったこと、後悔だけはしていないもの。


「我が儘…お前が聞いてくれるんで?」


「おや、あるんですか?」


「今夜、サボりてェ」


「…………そういうのは駄目です。」


「アテッ、引っ張んな!」


最後の最後に、無遠慮に櫛を引っ張ってやった。
まだ少し絡まっていた髪が引っ張られて痛かったらしい。

少しはさらさらになった隊長の髪を名残惜しく、ひと撫で。
櫛をぱちんと折り畳んでポケットにしまい、立ち上がる。


「隊長、夕御飯食べに行きましょう」



辛いです。隊長。

あなたを好き過ぎて。


あたしを好きになってくれない隊長のこと、どうしても嫌いになれないんですよ。


どうしてですかね。


だから、決めたんです。

あたしは、可哀想なあたしのために、

可哀想なあなたに優しくありたいって。


失恋を知る女は優しくなれるんですよ。



隊長。

あたしの分まで、どうか幸せになってください。







2013.08.03.

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あきゅろす。
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