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ゆっくりこれからも (坂田)



※ゆっくりゆっくり のなんとなくその後






ピンポーン、……ピンポンピンピンポーン…

ピンポンピンポンー……



チャイム押しすぎ?
いーえ、問題はない。

この幼なじみの家は無駄に広い上に、やたらと騒がしい家だから、普通に押しても気付かれない可能性があるのだ。

そう。
問題はない。これでちょうど良いくらいです。


ピンポーン…ピン…………ポーン…

「夢乃ちゃん!チャイムで遊ばないで下さいっていつも言ってますよね!?」

あれ。
怒られた。


「新ちゃん、お届けものです」

「とりあえず、上がってください。
姉上は…今、ちょっと…手が離せないので」

「妙ちゃん忙しいの?
あたし、別に今日は届けに来ただけだし、大した用もないから良いよ。
はい、これ。母さんが肉じゃが作ったから持ってけって」

「わぁ、たくさん!助かります!ありがとうございます!!今日も上がって行かないんですか?
今日も予備校が?」

「んーん、今日は休みの日。
でも、用事ってもそれ渡すだけだしね?
妙ちゃん忙しいならお邪魔するほどでも。
ま、あたしも宿題あるし。
それ、渡したからね。じゃ、妙ちゃんにもよろしく」

「あっ!待って!
宿題って大変ですか!?A組のだとやっぱり多いんですか!?」

「やー、他と変わんないと思うよ?…あ、多分Z組よりは多いかな。
でも、今日のは控え目だったしそんなかからないと思うけど、何か?」

「あの、大変恐縮ですが!」

「うん、何、どしたの」

「夕飯、一緒に食べません!?っていうか、食べてって下さい!…つーか、夕飯作ってください!姉上を止めてください!お願いしますぅぅ!!」

「あー…いいけど、どしたの、珍しい。
いつもダークマターで我慢してるじゃん。今日はそれ…肉じゃがあるし」

「いえ…あの、今日はちょっと来客があって…。さすがにお客さんにダークマターは出せないじゃないですか!?なのに姉上がめちゃくちゃ張り切っちゃってダークマターフルコースになりそうなんです!
お願いします!作らなくてもいいから、せめて姉上を止めてください!!」


幼なじみの必死の(ちょっと怖かった)お願いに、大したものは作れないけど、とおずおず了承し、新ちゃんと玄関をくぐった。

(大人の靴と、学生の靴?)

この家の住人は新ちゃんと妙ちゃんの二人だけだ。
お父さんは彼らが高校に入る直前に亡くなった。
他に身寄りもいない二人は健気にも(実は結構逞しく)姉弟だけでこの広い道場の再建を夢見ながら暮らしている。
そんな彼らのために、ご近所さんも手助けをしたいと思っていて、あたしの母さんはしょっちゅうおかずやらお菓子やらを届けていた。
(あたしも、妙ちゃんの壊滅的料理スキルでいつか新ちゃんが病院送りになるんじゃないかと本気で心配だ)

そんなこんなでよく出入りしている玄関に、見慣れぬ靴が二組。

「新ちゃん、お客さんて九ちゃんと東条さんじゃないよね?」

「違いますよ」

大人の靴と学生靴で連想できるのは彼らだが、昔から遊びに来る人達だから、わざわざお客さんと呼ぶのもおかしい。
そもそも、九ちゃんは妙ちゃんのダークマターですら動じないし、新ちゃんも今更彼らの心配はしないはずだ。(昔はしてたけど)


「お客さん、誰だったアルカ?」

ひょっこりとリビングから顔を出したのは、この家では初めて見る女の子だった。

(確か…留学生の…)

「神楽ちゃん!ひぃぃい!それ僕のお通ちゃんグッズ!!
なに勝手に持ち出してんだオイぃい!」

そうそう。
留学生の神楽ちゃん。
志村姉弟と同じ3Zの生徒だ。
あたしのクラスでも時々話題に上る有名人。
(妙ちゃんをはじめ、3Zの生徒で有名じゃないのは新ちゃんとか…誰だっけ、なんか地味な男の子…山田くんとか?くらいしかいないんだけど)


神楽ちゃんと新ちゃんが走って行っちゃって、あたしはのんびりリビングに向かった。

夕ご飯何作ろうかなーなんて考えてたのに、全部まるっとぶっ飛んでったのは、予想外過ぎる人物が志村家のリビングで普通にテレビを見てたから。



「銀八ぃ!?」

「ん?おー、夢乃」

「なんでいんの!?」

「まー、色々あって?
なに、お前、志村姉弟と仲良かったの?」

「幼なじみってやつで」

「へぇ。
つか、意外とヒマなんだねぇ、受験生も」

「ヒマじゃないよ。今日はたまたま新ちゃんにご飯作ってって頼まれたから」

「は?キミタチってそーゆー関係!?」

「なっに言ってんの!?違うし!
って!やばい!妙ちゃん止めなきゃ!」

「お妙?飯作るって言って…あれ?なんでお前も飯作んの?」

「キッチンの惨状を見たらわかるよ」


やっぱり、妙ちゃんは張り切って台所に立っていた。
止めてくれと言われたけど、ほんとのところ、
妙ちゃんの気持ちもわかるから複雑だ。


妙ちゃんは、銀八に惹かれてる。


それが恋なのかとか、自覚あるのかとかは、あたしには勇気もなくて聞けないけど。
現に妙ちゃんは張り切って料理をしてる。
銀八のためでしょ?

でも、ダークマターの製造過程を見た銀八が一瞬で青ざめてあたしに必死に念を送ってきたので、なるべく妙ちゃんには火を使わないでもらえるようにフォローした。
もちろん、食べられるものも簡単に作って増やしてみた。母さんの肉じゃがもあるし、まぁ大丈夫だろう。




聞けば、神楽ちゃんは住んでたアパートが壊れてしまって(兄弟喧嘩でって冗談…だよね…?)、銀八のところに避難したらしい。
それを志村姉弟が知って、女の子が教師とはいえ男と同居はどうかと心配して広い志村家に移ることを勧め。
今日は引っ越しだったと新ちゃんが食事しながら教えてくれた。銀八はその付き添いだとか。

羨ましいなと、思ってしまった。
神楽ちゃん、少しとはいえ、銀八と一緒に住んでたなんて。



銀八は、あたしが1年の時の副担任だった。
頼りないし授業もグダグダで凄く人気なかったけど、
あたしにとっては特別な人。

助けが欲しいのに助けてって言えなかったあたしに、
銀八は、ただ一言、欲しい言葉をくれたんだ。

それから、
あたしはゆっくり想いを育ててきた。

それはあたしの精一杯の強がり。
焦って周りが見えなくなったら、きっと子供だと笑われてしまうだろうと、大人ぶってるだけ。


本当は、見てるだけで息が苦しいくらい、大好き。

息が苦しいのは、妙ちゃんと神楽ちゃんと銀八を見てるからかな。




「ふー食った。
思ったより美味かったな。一部を除いて…。
マジ死ぬかと思っ…」

「せ、ん、せ?」

「いや、うん!全部、ぜーんぶ美味しかったなー、なんて…」


3Zは仲良いって聞いたけど、本当なんだなぁと思う。
いい加減だからって銀八のこと好きじゃない生徒が多いのに、3Zの生徒が銀八を嫌いだというのは聞いたことがなかった。
こうして志村姉弟や神楽ちゃんと銀八を見てればわかる。
きっと3Zは良いクラスなんだって。


「あたし、デザートに柿剥いてくるね」

「じゃあ食器下げちゃいましょうか。
お茶は僕がやりますよ、夢乃ちゃん」

「いいわ新ちゃん。
お茶は私が淹れるから」


妙ちゃんでも、お茶はさすがに無事に淹れられる。
あたしが柿剥く間にお湯を沸かし、
台所で妙ちゃんと二人、神楽ちゃんが来て賑やかになるね、なんて話をしてた。


柿もお皿に並べて、フォークを人数分添える。
そこで、妙ちゃんは新ちゃんにお茶と柿を運ぶように声を掛けた。

「夢乃ちゃん、最近うちに遊びに来てくれなかったから、今日は嬉しかったわ」

新ちゃんと神楽ちゃんが運んで行っても、妙ちゃんは立ったまま動かなくて、そんなことを言い出した。

「ごめんね、結構時間なくて。予備校とか」

「勉強、ずっと頑張ってるのね」

「普通だよ。
ただやれって言われたことをやってるだけ」

「そう」

「うん、それで精一杯でさ。
色々、考えちゃうと、勉強なんか手に付かなくなっちゃって。はは。
駄目だなぁ、あたしは色々難しく考え過ぎって言われたけど、全然直らなくって」

「ごめんね、夢乃ちゃん」

「妙ちゃん?」

「私、大学行かないから、受験生の夢乃ちゃんのこと、わかってあげられない。
ごめんね」

「何言ってんの、それはお互い様だよ。
あたしだって、就職組の妙ちゃんの悩みとか大変さとかわかんないし、何より、テンパってるのあたしだし、ごめん」

「……私じゃ力になれないけれど、あの人なら」

「あの人…?」

「腐ってるけれど、あれでも教師だから。
さ、冷めないうちにお茶いただきましょう」



妙ちゃんは優しい。
綺麗で、優しくて、強い人だ。


ほんの少し、銀八と、お似合いだなって思ったりするんだ。






「この辺、コンビニある?」

近いからいいと言ったのに、銀八は帰るついでに送ると言ってくれた。
もうそこが家だから、と言おうと分かれ道に来た時、銀八はコンビニに案内してくれと言ってきた。

嬉しいけど、緊張する。
浮かれてんのバレてないかな。


「頑張ってるんだってな、勉強」

「普通だよ」

「教師の中で名前よく出てんぞ。成績上がってるって」

「予備校行ってるもん。お金払ってバカになれないしね」

「ただ予備校通うだけで順位一桁になるなら誰でも通うっつーの。
違うだろ。お前の成果だろ」

「銀八は『今の成績に満足せず、どんどん上を目指せ』とか言わないんだ?」

「言うと思うか?」

「…ううん、ごめんなさい。銀八は言わないね。
言って欲しくないし。銀八にだけは…」

「全く。
なんだよ、その陰気な顔!
ここずっとそんな顔してんぞ!?」

ちょっとびっくりした。
銀八、クラスも違うし授業もないのに、あたしのこと見てくれてたんだ。

「言ったよな、人生もっと楽に生きろって。
秀才様の仲間入りしたんだ、ちょっとくらい天狗にでもなってみろっての」

「テストで点取れたってね。あたしなんてお先真っ暗だよ?」

「なんだそれ」

「成績上がったらさ、選べる大学も変わったし、周りの言ってることも変わったし、期待とかも…。
何より、あたしの中で選択肢が増えたし、どうして良いか全然わかんなくなった」


「大丈夫、なるようになる」

「……銀八らしいなぁそれ」

「なるんだよ。
だってなぁ、人生の選択肢に正解なんてないっつーの」

「それは、なんとなくわかってるけど、
でも、いつか後悔するかもしれない。
あっちだったら、って思っちゃうかもしれないって思うと、決めたくなくて…」

「ばっかだな、決めたくなくても決めなきゃ決まんねーだろが。
大事なのは、決めることじゃない。
決めた道を言い訳しないで歩いてくことだ」

あぁ、やっぱり。銀八はスゴイと思う。
当たり前の、だけど本当に大切なことを、あっさり教えてくれちゃうんだから。

「どんな道だってな、悩んで悩んで決めたんだろ?スゴイことだろ。
だから、決めた道を胸はって歩け。
お前はちゃんと責任持って自分の道を歩けるやつだよ。
それは俺が保証してやる。
もし迷子になりそうだったり、文句ぐちぐち言って歩いてやがったら、きっちり渇入れてやるから安心しろ」

「ほんと?
本当に見ててくれる?ちゃんと渇入れてくれる?」

「ああ」

「だって、あたし3Zじゃないし、卒業…したら、
会えないよ?」

「馬鹿だなー、お前」


ぽん、と銀八の手のひらがあたしの頭の上に乗った。
それはあたしの髪の毛をくしゃっと乱してから離れていって、銀八は「さて、イチゴ牛乳っと。朝飯何にすっかなー」とか言いながら、たどり着いたコンビニの中へ入って行った。


あたし、銀八に、好きだよって、はっきりとは言ってないけど、気付いてるはずだよね?それなりには伝えてきたもん。
それ知っててもあたしのこと避けないでくれるのは、全く相手にされてないか、鈍いかだと思ってたんだけど。

ねえ、期待しちゃうよ?

卒業しても、あたしのこと見ててくれるの?
会ってくれるの?

大人ぶって、卒業したらこの恋ともお別れだとかって、
無理矢理蓋をしようとしてたのに。
銀八と会えなくなるなんてやだよ!って、駄々こねてもいいの?


「何つったってんだ?アイスか?
しょーがねー、今日の晩飯の悲劇を最低限に抑えた功績を讃えて一個だけ買ってやろう」

「えー、アイス寒いし。
肉まんが良い」

「飯食ったろ?」

「じゃあピザまん」

「……じゃあの使い方おかしくね?」




あたし、頑張るよ。
見ててくれるんだもんね?
頑張ってる姿見せたいもん。

ただの生徒でもいいよ。
褒めてくれなくてもいい。(時々怒っては欲しいけど)

でも、見ててね。

それだけでも、あたしには頑張れる理由になるから!




2011.12.08

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