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逃走不可の微笑 (土方)


「ふーくちょー?」

「…………」

「ふーくーちょおー」

「…………………」

頭が痛い。
ああ、イライラする。
煙草を吸いたい。吸いたいが。
今は一服している場合ではない。
目の前の書類の山をなんとかしなければゆっくり出来ない。
何より、一服することは、机に向かうことで見ないようにしている現実と向き合うことに繋がる。
幻だ。
聞こえてくる自分を呼ぶ声も、
イライラと落ち着かない気持ちも。
だから、気にするな。
黙って仕事だ。それでいい。

副長土方は、心の中で懸命に自身に言い聞かせる。


「土方さん、シカトたァ夢乃にひでーじゃねーですか」

「そうよそうよ!
やっぱり、総悟は私の味方ね」

「当たり前でさァ」

「総悟、ありがとう」

「俺はいつでも、ずっとずっと、夢乃の味方でいやす」

「うそ…、」

「嘘なんか言いやせん」

「本当に?…本当に…私、総悟を信じて良いの…?」

「ええ。
信じて下せェ。俺の偽りない、この気持ちを」

「……総悟!
私…嬉しい…!」

「夢乃!」

わざとらしく、大袈裟に抱き合う二人の姿は、書類に視界の全てを委ねていても、簡単に想像がついた。

ああ、イライラする。

ここは俺の仕事部屋だぞ。
どうして呼びもしてない大魔王と小悪魔が召喚されてやがる?

もう我慢の限界だ。
俺はよく頑張った。
もう良いよな?うん。

「…てっめぇら…、マジいい加減にしやがれ!安いドラマのワンシーンか!?ここをどこだと思ってやがる!だいたい、仕事場で不謹慎…だ、と、…………………………。」

手にある筆を折るほど握りしめ、今までのイライラを全て吐き出そうと、机から顔を上げた土方は、目の前の予想と全く違う光景に唖然として言葉が引っ込んでしまった。

「不謹慎?」

煎餅かじりながら首を傾げる夢乃。

「大方、俺とお前が抱き合ってるとでも思ったんじゃね?」

こっちは夢乃の持ってきたシュークリームをフォークでつつく沖田。

「そっか。
ふくちょー、意外にウブだもんねぇ。…てゆーか総悟!この赤いお煎餅何!?辛い通り越して痛いんだけど!
バツゲーム用!?」

「最近流行りの健康ブームに乗ってみやした。汗かくし、ダイエットとかデトックスとか、効果一杯でさァ」

また、俺をおいて会話が飛び交っている。土方は顔を上げたままの姿勢で動けなくなっていた自分を自覚し、取り敢えず開いたままだった口を閉じた。

「デトックスか。
じゃあ、ふくちょーに残しておいてあげないと」

真っ赤な円盤にしか見えない煎餅を、
シュークリームが一つ乗せられた皿の上に何枚も添える夢乃。

「好物だって言うから、シュークリームの中身をマヨネーズにしてもらったけど。やっぱり、健康を考えるとね」

「コレステロールとニコチンに汚染された可哀想な生き物ですからねィ」

「はい、ふくちょー」

食べて下さいね、と。
星が舞い、花畑が背景に見える様な完璧な笑顔で皿を差し出され、思わず受け取ってしまった土方。
ハッと我に返ると、目の前にいるのは天使でも女神でもヒロインでもなく、大魔王と余裕で戯れられる小悪魔だと思い出した。

「いい加減にしろ!
だいたい、何故お前がここにいる!
組のモンでもないお前がホイホイ入り込める場所じゃねぇんだが?
親のコネがあろうと、部外者は立ち入り禁止だ!総悟も入れるな!」

「部外者って!ひどいわ!」

「自分の婚約者に部外者はひでェと思いやす」

「婚約者じゃねえぇぇ!!」

確かに上からの断れない事情があって、土方は相当な家柄の令嬢である彼女と見合いをした。
したのはしたが、それは自分や近藤さん、総悟の失態やら陰謀やらで、滅茶苦茶になり破談になったのではなかったか。
そもそも、あの時の儚げな深窓の令嬢といった雰囲気の女性が、ここで頬杖ついて激辛煎餅かじって総悟とタッグを組む小悪魔とはとても認めたくないのだが。

「認めない!認めないからな!」

「?
総悟、どしたの、ふくちょー」

「きっと『あの時のステキな女性が「コレ」だなんて認めない!』ってヤツでさァ」

「それはそれは。
やだねぇ、男は夢ばっか見ちゃって。
理想のお嬢様なんてこの世に存在するわけないじゃないね」

「それを自分で言うアンタが嫌いじゃねーよ」

「ありがと総悟。

…だからね、私は全部剥いで、本当の私で勝負しようって思ったのよ?
そろそろその意味、気付いてくれても良いと思うわ。ね、十四郎さん?」


十四郎、と。
初めて「副長」ではなく自分の名を発した形の整った唇が、やけに艶めいていて。
土方は鳥肌にも似た何かが身体を走ったのを感じた。

この小悪魔の逃がさないという宣告に対する悪寒なのか。

知れば知るほど、段々に引き込まれていく夢乃という人間の美しさの芯に触れた気がしたからなのか。


少なくとも、
この先ずっと振り回されるだろう自分を予感し、土方はやれやれと頭を振ってからマヨネーズのたっぷり詰まったシュークリームに手を伸ばした。







2011.10.20.

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