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g.short
2=1+1? (山崎)
イヤホンから漏れる騒がしい音の洪水。
激しいギターや打ち鳴らされるドラムに、叫ぶような声。
一緒に暮らし始めた頃は大きなスピーカーから堂々と、部屋中を満たしていたモノ。


「ねぇ、別れよっか」

「え?何?」


雑誌から顔を上げて、
何か言った?と、自然大きくなった声をあたしに投げる。
聞こえないって、当たり前だし。

それでも外されないイヤホン。

あたしが話し掛けてもイヤホンが外されなくなったのは、いつから?


「‥‥なんでもないよ」

「え?」


何度も繰り返したやり取り。
あたしはいつもと同じようにあきらめてキッチンに向かう。
退は気にせず、雑誌に視線を戻す。漏れる音は相変わらずで、更に退の鼻歌が追加された。

調子外れの鼻歌。

愛おしかったはずの、モノ。


冷蔵庫から、ビールを一缶取り出す。
そのままベランダへ出て缶を開け、味わう。
苦さが心地良い。
風は静か。

すごく久しぶりに、煙草が吸いたいな、と思う。

吐き出されるのは、煙じゃなくて溜息だけ。













どうして?




あ、やだ。

あたし泣きそう。












残りのぬるくなったビールを一気に飲み干した。
缶の水滴が手首に伝って気持ち悪い。


部屋に戻り空き缶を食卓に置いて、床に寝る退に近づく。
気付かない退。
違うよね、気にしない、んだね。


「退」

「‥あっちょっと!」

「退」

「何すんの?俺、聴いてたんだけど」


イヤホンを片方。
引っ張ったら呆気なく抜けた。
簡単でびっくり。
今までやろうとしなかったコト。

壁だ。

かべ。

壁を造る石の一つを今、
打ち砕いた。
さあ、壊そう。




「もういいよ、退」

「え?え?何?」

「もういいんだよ。
あたしに気にせず好きなものを好きなだけ聴けばいいよ。
ごまかさなくていいよ。
ごめんね。
あたしも退ももう、いいと思う」

「‥どしたの?」


ごめんね。
あたし、退の好きな音楽も好きなバイク雑誌も、やっぱり全然理解出来なかった。


「今までありがとう。
感謝、してるよ」


退は、あたしのためにスピーカーからイヤホンに変えた。

あたしも、退のために煙草を止めた。


そんな一つ一つが
甘く切なくて、すごくすごく大切に思えてた。



「別れよ、あたしたち」

「‥別れる?」

「あたしたちさ、
もうずっと、二人で生活してないの、気づいてた?」

「あのさ、急にどうしたの?
何かあった?」

「溜息なんかつかないで!」

あたし何言ってんのかな。
あたしだって、溜息だらけのくせにね。

「あ‥ごめん」

「あたしの方こそ、ごめん。
怒鳴って」

二人で謝る。
ね、久しぶりだね、二人で謝るの。二人で謝って、なんかおかしくて、そのあと笑った。
今は笑ってくれないんだ?

「‥退。
あたしたち、もうずっと
一人と一人で暮らしてたよ」

「‥‥‥そうだね。
俺も、気づいてたよ」

そっか。
そうだったんだ。

「バイバイ、だね、退」

「それを夢乃が望むなら。
今まで、ありがとう夢乃」


そういうとこ変わんない。
優しくて、紳士的な瞬間。

あたしが好きだった退だ。














覚えてた半年はあっという間で。
思い出さなくなってきてからの半年も、やっぱりあっという間。

同じ組織だって、部署が違えば接点なんてほとんどなかった。




「あの、沖田君?」

「ん?」

「やってくれたね」

「のこのこ来たお前ェが悪い。
第一、山崎呼んだのは俺じゃなくてあの酔い潰れてる土方さんでさァ。
俺のせいじゃないやい」

「何かな、その憎たらしいブラックスマイル‥!」

「お。
山崎こっち来やすぜ。
俺お邪魔でしょうから、向こうから眺めてまさァ。せいぜい存分に微妙な空気撒き散らして下せェ」

「絶対サボってんのチクってやる。もうフォローしないんだから」

会いたくなかったのに。

「‥夢乃!久しぶり」

「‥‥うん、久しぶり」

「元気?」

「うん、退は?」

「張り込み明けで眠い」

「お疲れ」

「ありがとう。
珍しいね?飲み会とか、なかなか参加しないって聞いてたから」

「今日はね。
サディスティック星生まれの仕事しない年下上司に脅されて。
いつもは、参加しないよ」

「はは、相変わらず苦労してるね。
でもどうして出ないの?前は飲み会、好きだったのに」

「犬を飼い始めたから」

「そうなんだ。
‥よかった。ちょっと避けられてるのかと思ってた」

「まさか。
‥‥‥‥‥‥うそ。ごめん。
ちょっと避けてた」

「‥‥ごめん」

「会おうと思わなきゃ、さ。
本当に会わないですむのに少しだけ驚いてたよ」

「そうだね。
あれから一年、ずっと遠かった」

「‥あたし、帰るね。
犬も待ってるし明日早番なの」

「あ、うん。
頑張って」

「ありがと」

「おやすみ。‥会えてよかった。今度、犬の写真、見せてよ」

「うん。じゃあね。
退も、元気で」

「‥‥‥‥‥‥‥やっぱ待って!」

「なに?」

「戻って来ない?」

「‥へ?」

「犬も、一緒でいいから」

「なに言ってるの?」

「あのさ、
俺夢乃がいなくなって、
でも、あんまり変わんなかった。
やっぱ一人と一人でしかなくなってたのかぁって、超実感した」

「どうして戻って来いなんて?」

「あの時、泣いてたから。
夢乃が別れようって、言いながら。
何で?何で泣いてたの?」

「それは‥」

「俺も泣きたかった。
あのさ、一人ずつでもいいんじゃないかな?
確かめない?
戻って来て、確かめてよ」

「悪いけど‥‥帰る。
張り込み明けの寝不足人間の寝言、あたしは信じられないよ。
‥でも、
ゆっくり寝て、明日目が覚めて、また同じことを言ってくれたなら、‥考える」


多分、この後、
倒れるまで沖田君に飲まされるだろうね。それでも、覚えていてくれたら。

一人と一人、と一匹。

二人と一匹、じゃなくても、
始まれるかな?





2011.07.03.

リスタートのつもりで

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あきゅろす。
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