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思いを紡ぐ (沖田)



この季節になると、夢乃は必ず花を買う。

アヤメの花。

1本しか買わない年もあるし、大量に抱えて帰ってきて驚かされたこともある。


一度だけ。
たった一度だけ、確か2回目か3回目の時に投げることができた問い。
『好きなのか、その花?』

そんでもって答えは予想と真逆のサプライズ。

『んー‥大っ嫌い』




その答えを聞いた年、
夜中に花に向かって泣いている夢乃を見つけた。途切れ途切れに「悔しいよ」「会いたいよ」と繰り返していた。

声は掛けなかった。

掛けたら、いなくなる気がしたから。



夢乃とはそれなりの時間を過ごしてきた。
一緒に暮らしてるし、知らないことより知ってることのが多いはずだ。

ズボラなくせに冷蔵庫の中だけはしっかり管理することとか、自分ではどこにぶつけたのかわからないって言う膝の青痣は大体いつもリビングのテーブルの脚にぶつけたヤツだとか、炭酸が嫌いなのは缶やボトルを開けるのが怖いだけで飲めないわけじゃない、とか。

なのに。

俺と出会う前のことは、実は何も知らない。

土方さんは俺のために調べようとしてくれたみたいだったが、結局何もわからなかった。

怪しいと言えば相当怪しいヤツだろう。


俺は気にしないけど。







今年も、アヤメの季節がやってきた。
そう思ったらやっぱりテーブルにあの花が飾ってあった。当たり前のように。





「なぁ、明日は晩飯いらねェんで」

プロ並の達人直伝という夢乃の飯は最高に美味い。どんな理由でも食べ逃したくはないが、仕事だから仕方なく、不本意ながら予告しておく。

「わかった。飲み会?」

洗い物を終えた夢乃がリビングに戻って来た。

「ん。つか会食?
お偉方が来るんだと」

「へぇ。珍しいね、断らないなんて。松平さんに何か弱みでも握られた?」

「馬鹿言え。
なんでも、向こうが俺の名前を出してきたらしいですぜ。迷惑な話だが、近藤さんの顔もあるし、近藤さん一人で行かせるわけにもいかねェ」

「‥え?名指し?
やだ、総悟ってば何かしたの?」

俺を心配する表情には、違和感があった。

「思い当たるようなことは何も?
向こうも変人らしいし、よくわかんね」

その表情は心配というより、怯えに近い気がした。

「本庁の、お偉いさん、なの?」

「ああ、なんてったっけなァ。ナルトじゃなくて、そんな感じの」

その瞬間、夢乃が青ざめたのがわかった。顔から血の気がひいて、真っ白になっていた。

「‥鳴海ッ‥‥キ、ョ‥‥カ‥!」

絞り出すような声で名前のような言葉を発したかと思えば、いきなりビンに挿してあったアヤメの花の一つをグシャっと手で握り潰した。

「ちょ、待てお前!落ち着け!」

慌てて花から手を離させると、その手はもう片方の手とともに夢乃自身の顔を覆って隠す。
花は輪郭が歪んだものの、辛うじて無事だった。

「う‥うぁあ。‥いやだ、そうご‥‥いなくなっちゃいやだ!」

こんなに感情をあらわにする夢乃は初めて見た。

明日会う警察の高官と、アヤメ、そして夢乃は恐らく一本の糸で繋がっている。

「俺はここにいまさァ。大丈夫」

抱き寄せてもかたかた震えていて、俺の手に力が入った。








「取り乱してごめん。
ちょっとびっくりして」

「あれがちょっとってレベルかよ」

「はは、ごめんて」

小一時間かけて俺の腕の中で落ち着きを取り戻した夢乃は、もう笑っている。
ちなみに、アヤメはもうない。俺が見えないところに片付けた。

「昔ね、自分は自分で救えるって教えてくれた人がいたの。神様じゃない、自分を救えるのは自分しかいないんだって。
その人は、俺には誰も救えないって言ったけど、私は彼の言葉で確かに救われたんだ」

「‥それが、そのお偉いさん?」

「違うよ。あいつなんかとは全然違う。大切な人。もう、会えないけど。
‥‥‥ごめん。今話せるのはこれだけ‥」

「‥‥‥‥‥」

「‥過去のこと。総悟に黙っていたいからじゃないの。‥‥これは、私が自分で乗り越えることだから」

「俺は手伝えねぇんで?」

「もう少し時間がかかっても、待ってて‥くれる?」

「断るとでも?
お前のわがままなんか慣れっこでさァ。
それより、明日会うヤツにお前のこと聞かれても黙ってた方がいいんですかィ?」

「何も気にしないでいーよ。好きに答えて。
まともに相手すると苛々するから」

「お前、もしかして」

「うん。大っ嫌いだよ、あいつ。
大好きだった人にそっくりな最低な奴なの」




そして、次の日。

俺はそいつに会った。
変人だな、と思い。
土方さんは食えねぇ奴だと毛嫌いした。
だが、近藤さんだけは何故か仲良くなっていて。
根は悪い奴じゃないのだろうと思った。

「沖田君、結婚式には呼んで頂けませんか?」

そう尋ねてきたあいつの目がものすごく優しかったから、夢乃の敵ではないんだろう。
嫌われてますよ、あんた。って言ったら凹ませられるかと思ったけど、あいつドMだからという夢乃の言葉を思い出して、「来月です」とだけ答えておいた。






2011.05.21.


世界観なんとなくコラボ第2弾。スパイラルでした。

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あきゅろす。
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