g.short
運命を敵に回しても・後編
「銀ちゃん発見!」
国語準備室。
またの名は銀ちゃんのジャンプ収納部屋。
「先生と呼べ。先生と」
服部先生もジャンプにつられてやって来るとか来ないとか。
「卒業したもん。あたし、もう生徒じゃないよ」
3年間国語の教科係を努めたあたしにも、この部屋は馴染んだ場所だった。
「先生とか生徒じゃなくてよ、年上は敬えっての。人として」
きっともう入るのはこれが最後。
「銀ちゃんもね。
人が真剣にお話しようとしてるんだから、ジャンプ読むのやめようね。ほら、置いてよ」
渋々。文句を言いながらも、銀ちゃんはジャンプを置いてあたしをしっかり見てくれる。
あたしだけは気付いてる。
銀ちゃんの目の奥にある強い光。
「で?なに?卒業したんデショ、さっさと帰りなさい。ジミーはどしたの」
「待っててくれてるよ」
「さすが忠犬。健気だねー」
銀ちゃんも。
見たことあるんでしょ?あの夢。
違う世界の、あたし達のこと。
「あるところに、一人の青年がいました」
「おい、長くなるのは勘弁してくれよ」
知らないとは、言わせないわ。
「青年は宇宙を旅する放浪者でした。旅の途中、ある女性と出会って恋に落ちましたが、やがて青年は愛する女性を残して放浪の旅へと戻っていきます。
しかし、女性は病で亡くなり、彼らが再会することはなかったのでした。おしまい。
このお話、よく夢でみるの」
「それはそれは」
「その青年は後悔したと思う?」
「さぁな」
「あたしは、後悔しなかったと思う」
「‥なんでだよ」
「その女性は後悔しないで欲しかったから」
「‥‥‥‥‥。
なにが言いたいわけ?」
銀ちゃんの表情は変わらない。
言葉とは裏腹に、じっとあたしを見て聞いてくれる。
「銀ちゃんに渡すものがあって」
「なにくれんの?」
「‥‥銀ちゃんは、彼女があたしだって、気付いてくれてたんだね。あたし、最近まで気付かなかった。ずっと彼は退だったらいいなって‥思ってた」
「‥‥‥‥‥」
「気付いてたから、2年も3年も、あたしに教科係させてたんだよね?」
「‥たまたまだろ」
ふと銀ちゃんの目が揺らいだ。
あたしは、すぐ側まで歩み寄って、すごく近くでその瞳を見る。
「‥‥―――、愛してた」
小さく、囁いて。
あたしは銀ちゃんに口づけた。
「‥‥どういうつもりだ」
「プレゼント。
彼女から彼への、最後のキスと、最期の想い。
確かに、渡したからね。
銀ちゃんてば、もしかして期待しちゃった?」
あの夢の意味。
託されたんだと、思ったから。
「馬鹿言うな。
ガキの相手なんざお断りだっつの」
「そー言うと思った」
「でもあれだな。
お前がスゲーいい女になったら俺んとこ来い。面倒見てやるから」
銀ちゃんはおどけて笑ってみせる。
あたしは踵を返してドアへと向かい、ドアノブに手を掛ける。
ありがと、銀ちゃん。
その言葉だけで十分だよ。
「スゲーどころか、あたしは、超いい女になるよ?
でもね、きっと退も超いい男になってるからさ。残念だったね」
「何言っちゃってんの、俺よりいい男なんてこの世にいないからね」
「そう‥かもね。
銀ちゃんも―――も、本当に格好良いよ。あたしの憧れの人だもん。
だけど、
あたし退が大好きなんだ。
彼も彼女も関係ない。運命だって関係ない。これは『あたし』の気持ちなの」
「結局惚気かよ」
「えへへ」
「‥夢乃、
卒業おめでとう。幸せになれよ」
その言葉は最高のプレゼントでした。
「お待たせ、退」
「もういいの?」
「うん、帰ろ」
今、あたしは退と一緒に歩いている。
「卒業だね、退」
「寂しい?」
「ううん、退がいるもの」
「‥俺で、よかったの?」
「それはわかんないな」
「え!?」
「だって、この先に何があるかなんてわかんないし」
こうして二人で歩いて、これからを見ていくんでしょ?
そう問えば。
「きっと幸せにするから」
と。
「生まれ変わりって信じる?」
「さぁ、どうだろ」
「あたし、生まれ変わりがあるとしたら、繰り返すためじゃなくて先に進むためにあると思うんだ」
「‥そうかも、しれないね。‥いや、そうだったらいいな」
あたしと君の「今」はまだこれからだ。
2011.04.18
運命、時々イレギュラー。
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