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駄目な私が望む不可能 (山崎)





「あたし、‥そろそろ、ダメかもしんない」


「ん?何、どしたの?」


「あたし、今、ココロとアタマとカラダが全部バラバラっぽい」


「なにそれ?一体どうしちゃったわけ?」



笑いごとじゃないんだよ、退。
このままじゃ、退だって困るんだよ。
みんなみんな、壊れちゃうかもしれないんだよ。
あたしも退も、いままで幼なじみとして仲良くやってきたのに。
笑いごとじゃないよ、あたし、泣いちゃうよ。

退は聞いてるようできっと聞いてなくて。テレビを観ながら、時々ケータイをいじっている。


あたしは、自分のマグカップと退の分の紅茶を持って、ソファーに座る退の隣に座ろうと歩み寄った。
近づいて、マグカップを手渡して。

「あ、ありがとう」

でも、紅茶は飲まれることなくテーブルに置かれた。
あたしが飲みたくていれただけだから気にしないけど。

立ったままテレビを見つめると、あたしの好きな芸人が出てたと言ってチャンネルを変えてくれた。


あたしは退の隣に座る口実が出来て少しホッとする。





「えっ、どしたの、具合でも悪い!?」


退が急に慌てて聞くのも無理はないと思う。
あたしがソファーに座らずに、その前の床に座り込み、なおかつ頭を退の膝に預けていれば。


「‥ごめん、重い?」

寄り掛かってるから結構重いかもしれない。


「いや、べつに平気だけど。
だるいの?」


「だるい、かも。
だるくないかもしれないけど」


「ホントに具合悪いんじゃない!?」


「‥ごめん、あたし‥泣きそうだ」


言うそばから、声は震えるし、ああヤバイ、涙が堪えきれないや。

せめて、退に見られないようにと俯くけど、退は優しいから無意味かもな。


「本当どうしたの、夢乃」


ほら、やっぱり。退はソファーを下りてあたしと同じく床に座って泣き出したあたしの顔を上げさせるようにして覗き込む。
退さん、そんな正座しなくてもいいですよ。
困ってるんだろうな、退。


「‥言ったでしょ、あたし‥バラバラだって」


「それは、不安定ってこと?」


「‥わかんないよ」


退。ティッシュ取って。
頼む声もほんと情けなかった。

箱ごとティッシュを受け取って鼻をかんで、涙も拭いたら、少し気持ちが落ち着いた。

それから、思い出した。沸き上がる灰色の気持ち。



「夢乃‥?」


困るよね。
どうしようって思ってるよね。
ごめん、退。
ごめんね、ごめんね。

お願い。今だけ。


「‥‥‥あたしね、ダメなんだって」


「‥え、?」

退の声に含まれる困惑は、あたしの言葉に対してだけじゃないと思う。

あたしが、退の膝に突然頭を置いたから。
いわゆる、膝まくらっていう状態。


「‥‥ほんとは、プロジェクト、あたしが任されるはずだったんだよ」


「‥‥‥‥‥‥」


退は、あたしの言いたいことを察したらしく、言葉を飲み込んだ。


「あたしね、きっと、全然ダメなんだ」


あたしは自分でプロジェクトを企画した。それは、先輩も同僚も、黎花も、褒めてくれて。上司も期待してくれていた。
でも、実際に任されたのは、あたしじゃなくて、黎花だった。

黎花はあたしの同僚で親友。

仲良くて、マンションまで一緒。たまたま階まで一緒だった。


「そんなことないと思うけど」


「‥いいの。わかってるよ」


こんなの今回だけじゃない。いつものことだ。黎花は上司のお気に入りだから。

黎花は何でも完璧。指示されたことだけしかできないけど。周りにちゃんと自分のことアピールできる。
あたしは、得にもならない他人の仕事助けたり、仕事を指示以上にはこなすけど、はっきり言って酷く地味だ。
あたしも退も、昔からよくお互い地味だねって笑いあった。


「ごめんね、退。あたしがちゃんと任されてたら、今日はちゃんと黎花に会えてたね」


「いいよ、今日に始まったことじゃないし」


退はあたしを通じて黎花に会って、一目惚れ。あたしは二人の間を取り持って、二人は付き合い出した。
今日は、黎花の家の前でずっと待ってたらしい退をあたしが発見して、不憫に思って家に呼んだ。
黎花は急にあたしのプロジェクトを任されて慌てて休日返上で準備に追われてるんだろう。完璧主義だけど仕事は遅いからきっと必死だ。彼氏とデートすっぽかすくらいに。
ご丁寧に「夢乃のとこで待ってます」ってメモが黎花のドアに貼ってあるから、そのうちには来るはずだけど。
ついさっき退のケータイが震えたのは黎花からのメールかもしれない。


「慣れてるんだ?」

すっぽかされるの。


「‥まぁ、それなりに?」


「かわいそ、に」

ちょっとだけ、このまま寝てもいいかな。泣いたら、眠くなるもんだよね。



大丈夫だよ、退。
黎花はちゃんと退のこと好きだから。
ちょっと‥ものすごくワガママなところもあるけど、あたしの大事な親友だし。

あたし、なんか全部壊しちゃえって思ってたけど、やっぱりこのままでいいや。


退が幸せに笑ってて、黎花も退もあたしを好きでいてくれるなら。

それだけじゃ、ちょっとだけ物足りない気がしたけど、あたしが泣き出してから今まで、退は受信を知らせたケータイもテレビも気にしないであたしのこと心配してくれたから。あたしはもう満足だよ。




あと5分したら、あたしは黎花がご飯食べてないだろうからオムライスでも作ってあげよう。
退は早く黎花のメール見て返信しないと黎花が怒るしね。

きっともうすぐ帰ってくるだろうから、二人で迎えてあげなきゃ。



かみさま、

だから、あと5分だけ。



あたしと退、二人だけの時間を許してください。








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あきゅろす。
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