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彼の残像・前 (土方)



『見ていろ。俺はこの国を変えてみせる』


『‥うん。
出来るよ、きっと。
きっと、良い国になるね。
楽しみだな。
あたしは、それを側で見られるんだね』













『夢乃。組を抜けろ』


『なんで!?嫌よ!
あたしをずっと側に置いてくれるって言ったじゃない!』


『夢乃。
1ヶ月でもいい。私達の故郷に帰っていてくれ』


『どうして?
だってせっかく組に戻って来れるって‥また一緒にいられるって、あたしは楽しみにしてたのに』


『万が一に備えて、だ。
夢乃。ここは危険になる。
行ってくれるな?頼む』


『‥1ヶ月よ。
1ヶ月したら必ず戻ってくるからね。あたしは、ずっと鴨の側にいるんだから』


『ああ。勿論。
ずっと側に置くのは夢乃だけだ』












局長からの呼び出しは、辞令だった。

隊長。

大きな夢を失ったあたしの、今ある小さな夢の一つだった。


「隊長への昇格、おめでとう!」

「驕ることなく、いっそうの精進を心がけろ」


「はっ。心して努めさせていただきます」



用意された自分のものではない、ぶかぶかの隊長服を身につけて、組のトップ2の前で頭を下げた。


あの日から、あたしは今日に向かって生きてきた。


――‥鴨。


あたしは、隊長になりました。

ずっと夢だった。
今日だけは、鴨の代わりに、
持ち主のいなくなった上着に袖を通すよ。





「夢乃ちゃん、隊長になったからって無茶は駄目だからね」


「局長、女だからって余計な気遣いはいりません。お気遣いなく」


この人達は、ずっとこうだ。
あたしをいつも女扱いする。

甘い人達。


「余計な気遣いじゃねぇ。
頼まれたからだ」

そいつにな、と土方さんはあたしの方を示した。

この部屋には、局長と土方さん。それにあたしだけ。
‥ということは。

導き出された答えに、あたしは「そいつ」のものだった自分の隊長服を抱きしめた。



「ま、だからといって頼まれ事いちいち守る義務もねぇがな」


「嘘つけ。トシは最後まで危険な目に合わせられるかって夢乃ちゃんの昇格に反対してたくせに」

「あんたは黙っててくれ」

「トシったら〜照れちゃって〜」

「いーから黙りやがれ」


「はいはい。じゃっ!俺お妙さんとこ行ってくるから、後よろしく!」


バチン。豪快なウインクを投げ捨てて、局長はゴリラ女のもとへストーキングに出て行き。

あたしも退室しようとして踵を返そうとしたが、土方さんに呼び止められてそれは叶わなかった。



「‥お前。何を企んでる?
隊長にまで昇って。一体何が目的だ?」


「ご心配には及びません。
ただ、この隊服‥。この隊長服だけがあたしの目標でした。‥‥あの日から。
それだけです」


「‥伊東を追うのは、もう止めろ」


「追う?何言ってるんです?
彼の遺志を継ごうなんて思ってませんから安心してください。
あたしは組をどうこうしようなんて思ってません」


「そういう心配をしてんじゃねぇ」

「ッ!近寄らないで!」


土方さんはあたしへ一歩踏み出した状態のまま立ち止まる。


「言ったはずです。
あたしにはあなた方と馴れ合う気はない、と」


「なら、どうしてまだココにいる?
何故昇格を望んだ?」


「言ったでしょう?
あたしは、この隊長服のためにやってきたって。
この隊長服に袖を通す、その日のために」


「じゃ、目的は達成されたわけだ」


「いいえ。目的は達成されても、まだあたしの意地が残ってる。
あたしは、組の行く末を見届けるの」


ああ、タバコの匂いがする。
あたしはこの匂いがどうしても苦手だ。
また近寄ってきた土方さんを思い切り睨み据えたまま一歩後退する。
‥早く立ち去りたかった。


「はっ、つまんねぇ意地だな」


「‥!?
何、その言い方!!」


「もう伊東に縛られんのはやめろ」


「‥っ‥そればっかりね。
何度言われてもあたしの意思は変わりません。
それに、これはあなたに指図されることではありませんから」


「それでも。何度でも言う。
伊東は死んだ。‥わかれよ!
お前の好きだった伊東はもういない。
今、お前を好きなのは、俺だ」


「ならば、あたしも何度でも言います。
‥鴨は、素敵な人でした。尊敬出来る人でした。
あたしは彼を愛しています。
今までも、これからも。
約束したの。ずっと、側にいる、って。他の誰でもない、彼だけと」


「だが、あいつはもういない」


「土方さん。あなたなんて大嫌い」


「伊東の宿敵だから、か?」


「‥‥教えてあげるわ。あなたを嫌いな理由のひとつ。
あたしは、あなただけは許さない。
だから、あなただけは好きにならない。絶対に」


「そりゃあ随分と嫌われたもんだ」


「もう何言っても無駄よ。
‥‥失礼します」


もうこれ以上話すのは危険だと、土方さんに背を向けた。

途端に喉を鳴らして笑うのが聞こえて、嫌な汗をかきそうになった。

見透かされているのかもしれない。だけど、あたしは揺らぐわけにはいかないの。


――‥鴨、鴨。

ねぇ。大好きだったよ。


あたしは、‥あたしだけは、
あなたをずっと覚えていたい。

ずっと側にいると約束したから。



「ざまぁねぇな。
意地だかなんだか知らねぇが、
組にずっと居座るつもりなら、どう足掻いても、お前は俺の中に伊東の面影を見付けるだろうよ。
いや‥もう見付けてる、か?
なぁ、知ってるか?
俺と伊東はな、お互い毛嫌いしてた。同族嫌悪ってやつだ。
‥つまり‥」


つまり?

そんなこと、言われなくても知ってるわ。


今度こそ、あたしは振り返ることなく部屋を出た。


大丈夫。

まだあたしはちゃんと立ててる。
ちゃんと見えてるよ、鴨の背中。




彼との記憶の中にはないはずの、消えないタバコの匂いと。小さく震える汗ばんだ手の平には、知らないふりをして。







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あきゅろす。
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