g.short ケーキは幸せを呼ぶ (山崎) 高々とすでに昇り切った太陽が眩しい昼。 朝ごはんと昼をまとめて食べた俺の隣で、同じく俺の彼女も食後のお茶を飲んでいた。 いい感じだなぁ。 所属は同じなのにいつもは別々の仕事の俺達。 二人揃って休日なんて久しぶりじゃないだろうか。 危険ではあったけど、二人揃っての潜入任務、頑張ってよかったなぁ。‥なんて。自然と顔が緩むのを自覚した。 今、副長とか沖田さんが近くにいなくて本当よかった。 ちょっと惚気ただけで黒焦げにされたのは‥一番近い記憶で確か任務に出る直前、二週間と3日前だったか。 「良いお天気ねぇ。 さぁて。せっかくの休日だもの。 惰眠は貪ったし!次は‥と。 あ、退はどうするの?」 「えー‥どっか出掛けようかな?」 「へ〜、珍しいね。てっきりミントンかと。 どこ行くのか知らないけど楽しんできてね。んじゃ!」 「あっ‥ちょ待っ‥」 俺の彼女は清々しい笑顔で俺を置いて食堂を出て行ってしまわれました。 うきうきしてたな。 「次は‥」ってアレだろ?アレ。 まさかの剣術稽古。 せっかくの二人揃っての休日だろうと、剣の前では関係ないのね。 「くそー、やっぱな! 薄々わかっちゃいたけどさ!」 他に人のいない食堂の机に突っ伏し悔しがっても誰にも悔しさが伝わらないのがまた悔しい。 はぁぁあ。 ミントンでもするかなぁ。 出掛けたかったのは、二人で、だよ。 一人でぶらぶらしたってつまんないじゃないか。 仕事、忙しかったし、 デートしばらくできなかったから寂しがってるかな‥とか。考えた俺がバカだった? 少しは構って欲しいって可愛くねだってくれてもいいと思うんだけど。 「希代の女剣豪様に求める方が間違い、か‥」 俺の彼女様は恐ろしく強い。 彼女の輝かしい戦歴に傷を付けたのは、ウチの天才、沖田隊長だけだ。 ちなみに、副長と局長は女の子とは戦わないってまともに勝負したことはないらしい。 だからノーカウント。 彼女は二人と戦ったとこで敵わないだろうなってよく言ってるが。 だがしかし、それはウチのトップ3の場合のお話で。 その他大勢の剣の達人程度では問題外。 かくいう俺も、剣じゃ彼女には到底敵わない。 つうか、彼女より強い男が化け物なんだ。‥つまり、彼女はとんでもなく強い。 そのくせ本当はシャイで可愛いんだ。 っていうギャップがね、また堪らないよね。 もう俺、ぞっこんなんで。 「きっともう日が暮れるまでは道場だろうなぁ」 彼女は一度スイッチ入っちゃうと戻ってこない。 ――‥‥打倒沖田。 彼女の目下最大の目標だ。 俺と付き合う前、組に入って沖田さんと出会った時からずっと変わらない目標。 入隊試験で沖田さんにだけ負けた夢乃は、たまたま空席だったどこかの隊の副隊長の座を蹴って、監察に入隊希望を出した。 つい先日は隊長にも推薦されたのに断ってた。 夢乃の中のこだわり、っていうのかな。 「私は沖田を目指してる。特別な存在だから、どうしても沖田を意識しちゃうわ。そんな雑念のある状態で同じ戦場には立てないの」 だから、違う戦場を選んだ。って言ってた。 これ聞いた時はショックだったな。 付き合い出して間もない頃こんな「沖田さんが好きです」的疑惑発言されたら誰だって3分くらい砂になると思うよ。 勘繰るのだって仕方ないだろ。 休日まで彼氏ほっといて他の男目指して稽古なんて。 「俺‥ほんとに彼氏‥?」 ああ、情けない。 こんなところ沖田さんに見られたら満面の黒い笑顔で挑戦的なセリフを吐かれるに違いない。 今の俺にはそれがトドメだ。今なら一言で昇天できそう。 普通だったら面倒がって相手にしないのに、沖田さんが夢乃相手には本気で剣を交え叩きのめす理由、夢乃が強いからってだけじゃないことくらい俺は知ってる。 以前、いつも通り負けて「打倒沖田」の目標を再確認してる夢乃の向こうから、俺に何とも言えない嫌味な笑みを送ってきたのは他でもない沖田さんだ。 あの人は意地でも夢乃の特別な存在であり続けるだろう。 彼女の越えられない壁として、「お前には役不足だ」と俺を挑発しながら。 「‥‥自信なくなるよな‥はぁぁあ‥」 「まだぐだぐだしてたの? 何?溜め息までついちゃって」 いつ戻ってきたのか、練習着に着替えた夢乃が雑誌片手にやってきた。 「そんなに疲れてるなら今日は部屋で休んでたら?」 「大丈夫。それより、稽古に行ったんじゃなかったの?」 「これから行くとこ。 退、今日出掛けるの止めたら?疲れ溜めるの良くないよ」 「んー疲れてはないよ。だけど‥それも選択肢の一つではあるね。何、それ?」 彼女の手に持っていた雑誌をさりげなく奪うと、いくつか付箋のされたうちの1ページが開いてあった。 「‥五丁目のケーキ屋『天馬』? 食べたいの?」 「お持ち帰り専門のお店なんだけど‥近くまで行くなら頼もうかと思って‥たんだけど‥‥。出掛けないならそれで良いし、遠いなら無理に寄らないで」 「何?チーズケーキ?プリン?」 ダレてた俺を気遣かってか、遠慮して雑誌を取り返そうとした彼女に返すことなく、大きく写真の載ってた2つのオススメらしいケーキを尋ねると、意外なことに「ミルフィーユ」と小さく返事が返ってきた。 なるほど。 よく見れば、若干控え目だが美味しそうな写真が小さく写っている。 「了解。このチーズケーキも美味しそうだね」 そう言ってから、隣のページにも大きくチーズケーキの写真が載っているのに気付いた。 何となしに雑誌の表紙を確認する。 「‥チーズケーキの名店特集号?」 そんなにチーズケーキ好きだっけ?少なくとも彼女が食べてるところは見たことない。 この店でもお望みはミルフィーユらしいし。 「だって、‥‥退、好きでしょ。チーズケーキ」 少し赤くなって、「無理しないでね‥でも、買ってきてくれたら晩ごはんの後にでも二人で食べよ」と早口で言って道場へ足早に向かった彼女に、俺はもう限界突破でニヤけるしかなかった。 そっかぁ、俺好きだもんなぁチーズケーキ。 そっかぁ、俺のためかぁ。 そっかぁ、俺、彼氏だもんなぁ。 「締まりのねェ面してんなァ。 気合い入れ直してやろうかィ?」 「ひッ!?沖田さん一体どこから!? いえ!結構です!間に合ってますぅぅう!!」 へっへっへ。 沖田さんに追いかけられようと、今の俺は負けない。 黒焦げになったって、ずぶ濡れになったって、しょうもなくニヤけていられる気がする! だって俺、彼氏だもん! . [*前へ][次へ#] [戻る] |