g.short
ゆっくりゆっくり (坂田)
『お前はだな、難しく考えすぎる。人生ってのは、そんなにややこしいもんじゃない』
そう、あたしに言ってくれたのは銀八でした。
母親とうまくいかなかった時期で、銀八の言葉はあたしの心に強く響いた。
「はいはい。テスト前の夢乃さん。本の世界にひたってないで帰る帰る」
「あれ。銀八?‥じゃなかった、銀八先生?いつ入ってきました?」
知らない間に担任が図書室にいて帰れと言う。司書の先生もいなくなってた。
もちろん、私の他に生徒はいない。
「どっちにツッコむべきかな俺」
まーいーか、と呼び捨てに怒ることなく頭をわしわしとかいて、いつものようにダルそうに話す銀八。
(ゆるいなぁ)
「お前さ、本もほどほどにしとかないと帰ってこれなくなるよ?」
「‥現実に?」
「そ。テストも近いことだしね。それともなに?現実逃避したくてわざと?」
「そういうつもりはないけど。読み出すと止まらなくて」
「学生なんだから、自分の人生のが面白いよ?フィクションじゃない、自分の恋愛とかさ、いろいろあるだろ。ドラマみたいな恋じゃなくったって、ガキの恋愛もそれなりには良いもんだ」
「やだなぁ先生」
勘違いしないで。
あたしは本の世界に生きたいんじゃない。夢の王子様に憧れてるわけでもない。
「あたしは、ドラマみたいな恋にも、クラスメイト達の青春って感じの恋にも、興味がないの」
「ませガキが」
「だけど、あたしだって恋くらいしてる。
派手でも何でもないけど、ゆっくり穏やかに恋してる」
「へぇ?」
かばんを持って後ろの棚に本を戻した。
「あたしは、」
そのまま図書室を出ようと、ドアの近くに立っていた銀八とすれ違い様に。
「今みたいに、銀八と話せることが。幸せだし、それから少し、‥切ないよ。ね?良い恋してると思わない?」
「え?え?なに‥どゆこと!?」なんて情けなくうろたえる銀八を置いて廊下を進んだ。
振り返ると銀八があたしを見てたから、あたしは出来る限りふんわり笑って手を振った。
それから
「気をつけて帰れ」
銀八の声を背中で受け止めて。
銀八があたしの中でゆっくりゆっくり、特別な人になっていったように。
あたしもそんな風に愛されてみたいと思う。
銀八はあたしなんてガキを相手にはしないかもしれない。
それでもいい。
この恋がどんな形で終わっても、未来のあたしは『良い恋だった』って言えるから。
だって、あなただからね、先生。
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