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願うことは
「……クラウドさん」
教会に入るなり、ケリーは振り返ることもなくクラウドの名を呼んだ。
「…こんな夜に勝手に出歩かれたら困る」
「それは、ごめんなさい。
でも、前にモニター、渡しましたよね?」
「ああ。
でも、約束とは、違うんじゃないか?」
彼女は、教会の中、花のそばに座っていた。
クラウドは、その姿を見守るように、すぐ近くには寄らずに柱に立ったまま身を預けた。
天井から注ぐ月の光と、
泉の湧き続ける水音が、
ただただ静かだった。
「…………そう、ね。ごめんなさい」
「俺は、レノが羨ましい」
「え?」
「だが、感謝もしてる。
君がここにいること、さっきレノから聞いた」
「………そうですか」
静かだった。
しばらく、経って。
少しばかり、月の光が動いた頃。
「帰ります」
ケリーがやっと、振り向いた。
「まだ、私のこと…迎えてくれるというのなら。
私は、貴方と帰ります。
………きっと、レノは迎えに来ないんでしょう?」
表情なく。
ケリーは言った。
「ここまで、なんとか来られたけど…情けないことに、これ以上は動けなくて…。私一人では、今日はもう、動けないの。
レノが迎えに来てくれないのなら、私は貴方に従うわ。
もう、出ていけと…言われるのなら…、今夜だけこの教会で過ごすことを許してもらえますか?」
月の光が、彼女の瞳を照らして。
『ケリーさんの瞳、碧だよ?』
ああ、本当だ。
『ゆらゆら揺れる緑色』
本当だ。綺麗な、……
「その瞳、…」
揺らめくライフストリーム。そんな瞳に誘われるように、彼女のもとへ歩き、その瞳を覗き込んだ。
「俺は、その瞳の色を知っている…と思う」
彼女は逃げるように足元の花へ視線を落とした。
クラウドも、デンゼルに言われるまで気付かなかった。
陰る時は茶に見えた、とデンゼルが言うように、光の加減の問題だと思ったし、もともと黒に近い彼女の瞳を知っていたから、まさかなという思い込みもあった。
「もともと、…少し、色が薄くなってて…予兆はあった。でも、こんな…急に進むとは、思ってなかった」
以前、レノから聞いていた、彼女からは魔晄成分が検出されていること。
ソルジャー化のような、何か変化が以前からあったのか。だが。
「…その瞳の色、セフィロスと同じ、だよな?」
「……………」
「明日、ちゃんと検査が出来るところへ一緒に行こう。
レノが手配して待っている。だから…」
「……っ、お願いがあるの、クラウド。
どうか、私を、殺してください。
出来るならば、今、ここで」
「は!?殺す…って」
ケリーは初めて、「クラウド」と呼んだ。
以前と同じ、強い瞳で、まっすぐにクラウドを見て、願いを口にした。
なのに。
その瞳は揺らめく碧で。
最悪の願いを、突き付けて。
「その瞳がセフィロスと同じ色だからって、ジェノバの関与があるとは限らない!ソルジャーかどうかだって」
「いいえ。私からは、セフィロス由来のソルジャー因子が検出されてる」
「何!?」
「形は違うけれど、貴方と同じよ、クラウド」
後天的、偶発性のソルジャー化。
正規のソルジャー手術ではない。
「でも、…ソルジャーに女性はいないはずじゃ…」
「そうね。そのはずだった。データ上では。
だけど、私は…たまたま、魔晄耐性が特殊な体質でね。
セフィロスの細胞から、ソルジャー因子の中の魔晄成分だけを吸収して蓄積していっていた。らしいわ」
「魔晄耐性が…特殊…?」
「ええ。
毒にすらなるほどの魔晄エネルギーだけど、微量であれば薬にもなる。
ただし、人間には魔晄は強すぎて、量をコントロールすることすら至難の技。
実際に活用出来るようなものではなかった。
しかしながら、ごくごく稀に、魔晄エネルギーを自身のエネルギーとして変換するのに特化した個体があって、それらは魔晄中毒になることはほとんどなく、人間が扱える分程度の魔晄エネルギーであれば、問題なく吸収することが出来た」
「そんなことが…」
「その性質を持つ個体は非常に少なくて、今現在までに魔物で3例、人間で1例しか見付かっていない。
それも、昔のこと。
でも、彼らの体質を研究した結果、ソルジャー化の技術が進んだの。
今では、もう、そんな体質の人間はおとぎ話みたいなレベルで語られてるけど」
「そんな…ケリーは、魔晄耐性の検査は…?」
「したわ。
でも、普通の、普通より少し高いくらいの結果だった。
よっぽど、ザックスの方が良いくらいのね」
「じゃあ何で…そんなことわかったんだ?」
「昔、魔晄炉内に任務で立ち入ったことがあって。その時に負った傷が、魔晄によってほぼ完治していたの。それで、気が付いた」
「……本当に…そんなことが…」
「結局、その時のことは伏せて、私は何の検査も受けずに隠し通したから。…ソルジャー化も、見過ごしてしまっていた」
「セフィロス由来の…って…それは…」
「当時、そういう関係、…があったからね」
ぐ、とクラウドは拳を強く握った。
「もう、……セフィロスもいない今、私のソルジャー化はこれ以上進むことはないはずだった。
そう、安易に考えてた。
それでこれ。
………原因の仮説はあるけれど…結果は結果。今論じても仕方がない。
むしの良いお願いだとは思うけど…どうか、私が脅威になる前に、私が私であるうちに、…殺してください。貴方の手で」
彼女の両腕には、対セフィロス用だという魔力封じのバングルが嵌められていた。
「何で…笑えるんだ?」
彼女は、微笑んでいるように見えて。
殺してくれと、そう言うのに、何でそんなに落ち着いて、微笑んで…。
ますます、クラウドは拳を強く握り締める。
「…何で……、たぶん、これが、私に用意された道だったんだと思うから、かな」
「理解できない」
「ここで貴方と会ったのも。
このための運命だった。…そう考えたら納得出来る」
「…どうして…」
「ふ、…ははっ、そうよね?
優しい貴方は…理解できないわよねぇ?」
「ケリー…?」
「私は、罪人なの。
ずっと罪を重ねて生きてきた。
セフィロスの罪さえも、私は、私の意志で引き受けると決めて。
罪を自覚しながら、それでも、生きたいと更に罪を重ね続け生き延びて、のうのうと笑ってきた。
星の敵。人間の敵。
そんな私が、許されるはずがない」
「……っ」
「私はね、『死神』なのよ」
楽しかった。あの頃。
クラウドの思い出の中で、ケリーが笑っている。
笑っていたのに。
あの満面の笑みを、もう一度見たい。
一度だけで良い。自分に向けたものじゃなくても構わないから。
いつか。
クラウドは、再会してからそれだけを願ってきたはずだ。
せっかく、子ども達のおかげで少しずつ笑うようになってきたと思ったのに。
どうして…どうして?
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