いろいろ 不滅の心2 おや。 弟二人がダラムで過ごす、週のうちの数日。 その間はアルバートがある程度家の中のことをこなさねばならない。 本来は、次男のウィリアムよりも当主のアルバートにルイスが付くのが普通なのだろうが、生活力、という点においてはアルバートの方に軍配があがる。 そもそも軍に属していただけでなく、もとから「綺麗好き」な部類。 身の回りを整えることは問題なく、唯一の問題である食事も、外で摂れば良いだけだ。 それから、これはモリアーティ兄弟だけの事情であるが、常日頃から「手足」があるべきなのはアルバートよりもウィリアムの方だから、ということもある。 まさにそのようなルイス不在の一日の終わりに。当主自らがブランデー片手に手紙の確認をしていたのだが。 その中で1通の手紙に目を留めた。 宛名はウィリアム。 『ウィリアム・モリアーティ教授』 差出人の名は。 『ユメ・レイトン』 おや。これは。 なんとも興味深い。 彼女の名をこの家で初めて出したのはアルバート自身だ。 レイトン伯爵への足掛かりとして利用出来る可能性はないだろうか、と。 しかし、それ以降の話し合いで彼女の名が出たこともなかったし、アルバートも彼女との接点もなかったため、その名は頭の隅の方へと移動させてしまっていた。 なるほど。 これは、ウィリアムが動いたということだろう。 名を出してから一月半程か。 なかなか動きが早い。 ふむ。と手紙片手にグラスを傾ける。 中を改めるのはさすがに躊躇われるが、なかなか興味を引く一通である。 「これはまた、………なるほどね」 夜会で見掛けた際、始終にこやかに笑みながら父の側を離れなかった人形のような女性。 挨拶を交わし、微笑み、父の後ろでただひたすらニコニコと。 数人、彼女に直接声を掛ける者もいたが、そのままの笑顔で二言三言、当たり障りのない挨拶程度の会話で終わる。 ニコニコ。ニコニコ。 正直なところ、アルバートは彼女に何の面白味も感じず、哀れにすら思うほどの姿だった。 しかし。 帰りがけに。彼女が大広間を通った時、確か伯爵が誰かに挨拶をしている間だったと思う。 ほんの僅かな時間、彼女の笑みが剥がされた。 たまたまアルバートは階段を下り始めたところで、少し上から彼女の表情が見えたのだ。 飾られた絵画を目に入れ、足を止めた、そのほんの僅かな時間。 彼女の笑みは消え、茶の瞳はスッと陰を含んだ。 その後、挨拶が済んだ伯爵が彼女の名を呼び、彼女は少しだけ慌てて父の後を追って行った。ニコニコと。 時間にして数秒のことだ。 アルバートは興味を覚え、彼女が見ていた絵を確認することにした。 描かれていたのは『籠の中の鳥』 これはまた面白い。 兄弟たちに話してみても良いかもしれない。 そう感じて、あの日、彼女の名を出したのだ。 そして、この手紙、だ。 筆跡は人を表すものだと思っている。それなりに。 彼女が自身でこれを書いたのかはわからないけれど、もしそうであるならば、やはり、アルバートが感じた通り、彼女の本質はあの笑顔の内側に隠されているのだろう。 女性らしい美しい字体。 だが、あの人形のような雰囲気は全く感じさせない、しっかりとした力強い筆運び。 少しだけ左上に傾く癖。 そう、女性の割にはしっかりし過ぎているのだ。 きっと、あの日見た姿は作られたもの。 何の意図を持って仮面を被っているのだろうか。 「それは私も他人のことを言えないが…」 同じ仮面を被る同士だからなのか、非常に興味をそそられる。 「同じ、…………そうか、あの眼」 彼女の仮面が剥がれた一瞬。 瞳に映った陰。 怒りのような、悲しみのような、その陰を、アルバートは思い出した。 身に覚えのある感情だ。だから、引き込まれたのだろう。 「同じ」だったから。 貴族に生まれ、腐った肉親を持ち、どうすることも出来ない非力な自分に絶望していた、あの頃の思い。 これはただの憶測でしかないけれど、彼女はあの『籠の中の鳥』に自分を重ねたのだ。 その理由まではわからない。 アルバートのように彼女が父を憎んでいるのかも。 ただ、彼女はあの鳥に自分を重ね、自分に絶望していた。 それだけは確かだ。 「そして、君も何かを見たんだね、ウィリアム」 『ウィリアム・モリアーティ教授』 教授宛となっている。 いったいどんな出会いにもっていったのだろう。 ウィルからその報告も聞いていないし。 「さて。どんな『彼女』と出会ったのか。帰ったら詳しく聞いてみたいものだね」 グラスのブランデーを飲み干し、体が冷えきる前に床に入ろう。 弟二人の帰宅が待ち遠しい、そんな伯爵の夜だった。 . [*前へ] [戻る] |