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いろいろ
あの子について聞いてみよう8


『もう、私、貴方には会わない』


『ユメ?』


『さよなら。ギルバート』


『待ってくれ。オズは?
オズに会うんじゃないのか?
もうすぐ、もうすぐなんだ!
必ず成功させてみせる!だから、』


『ごめんね、ギルバート。
私はもう、貴方から離れて、先へ進みたいの。
……オズにも、ギルにも、もう、…縛られて生きるのはやめたいから。
さよなら。』





あれから、部屋にやってくることも、連絡ひとつなかった。

どうして。

計画はあともう少しなのに。

もう少ししたら、オズを取り戻せるんだ。


ずっと、俺たちが待っていた、オズが。


どうして。
信じられない思いだった。

オズを救い出すことだけが唯一の望みだっただろう?
俺はオズのために、ユメのために、そして俺自身のために、全てを懸けてここまできたのに。

ここまできてどうして。

先へ進みたい?
そんな嘘、信じるとでも?
夢の中でずっとオズを呼び続けているくせに。
オズを呼び、一筋、必ず溢す涙に気付いていないのか?





初めて夜を共にした翌朝、
俺はやっと冷静になった頭で自分がしでかした全てを理解し半狂乱になった。
ユメはオズの婚約者だ。
だから、守らなきゃいけなかったのに。守るべき俺がこんな、絶対に流されてはいけなかった。
血の気が引いて、息も出来ない。

もう二度とユメと会ってはいけない。早くここから立ち去らねばいけない。

そう頭では思うのに、体がピクリとも動かなくて。
自分の浅い不安定な呼吸だけが耳について気持ちが悪くて。

『ギルバート、おはよう』

何をそんな暢気に。
ああ、その白い肌に散らばった赤は。俺が。なんてことを。
息が苦しい。心が苦しい。涙が。息が。俺は。

『……ああ、また…。ギルバート、…ばかね』

どうして。そんなに優しく触れるんだ。
キスなんかしないでくれ。どうしたらいいのかわからなくなってしまう。

『……………落ち着いた?
ゆっくり、息をして。しっかり吐いて。』

『…やめて、ください。
俺は、貴女を、』

『ギル?』

『俺は!オズじゃないっ!』

『っ、』

『ごめんなさい、俺っ、ごめんなさ、』

『ギルバート、…』

『………離して…俺から離れて…』

『私たち、とっくに共犯者なのに?』

『え、』

『私が何故あんなに頻繁にナイトレイ家に呼ばれるのか、知らないでしょう?』

『なにを』

『ナイトレイ家の資金洗浄。
入ってくるお金を綺麗なお金にみせるための裏工作。
私があの家に出入りしていて、何も関わっていないとでも思ってた?』

『なんて、こと…』

『ギルを支えるとか、汚れてたって気にしないとか、…嘘ついてごめんなさい。
………私の手だって、もう綺麗じゃない』

『そんな!どうして!』

『同じ、でしょ?ギルバート』

『っ、』

『いつか、必ず、オズにもう一度会うために。
……愛してるわ、ギルバート。
その日がくるまで、手を離さないで。絶対に。愛してくれると誓って…』



あの時の、泣き出しそうな眼を忘れることは出来なかった。


オズを救うことは俺にしか出来ないから。
彼女には俺を支える他に選択肢はなくて、そして、あの日の俺は心を折る寸前だった。

俺が折れたら、もうオズには会えないかもしれない。

なら、彼女に出来たのはただひとつ。
俺を慰めること。
情けないことに、俺はそのお陰で進み続けることが出来て、彼女の支えがなかったならとっくに折れていた自信さえある。

彼女はオズの婚約者だ。
それはわかっていた。
本当なら、触れてはならない人。
だが、とっくに、俺にとってなくてはならない存在になってしまっていた。
触れてしまったんだ。もう、元へは戻れない。

『ギル』
『愛してるわ、ギルバート』

触れ合う時だけでいい。
俺を見て欲しい。だけど、

『………オズ…』

俺の隣で、オズを夢にみるのか。
夢の中でも俺のことを、なんて望まない。
いや、必ず、その夢を現実にしてみせる。

貴女にもらった愛は必ず、オズを救うことで返す。

そう誓って。



■□■□■


「久しぶりね、ギルバート」

「ああ。…少し、痩せたか?」

「そう?変わらないと思うけど。
貴方は、……少し健康的になったみたいでよかったわ」

「……まぁ、多少仕事も生活も変わったからな」

「それだけじゃないんじゃない?」

「ん?」

「ううん、なんでもない。………私、朝ごはん食べてないの。クロックムッシュとミルクティー。ギルは?」

「俺はコーヒーでいい」

「朝ごはん、食べてきたの?」

「コーヒーでいい」

「食べなさい。トーストとサラダだけでいいから」

「いや、俺」

「ギル。」

「わかった。トーストを頼むよ」


もう会わない。
そう言われたのはオズを救い出す少し前のこと。
あれからそれなりに時間は経っていたのだが、本当に連絡すら全くなかった。こうして会えたのは、何度も「会いたい」と頼み込んでの結果だ。
再三の頼みをやっと聞き入れてもらい、やっと待ち合わせ場所を指定してもらえた。それでも、来てくれないのではないかと彼女の顔を見るまでずっと不安だったけれど、こんなにも「いつも通り」な彼女と朝食が食べられるなんて。
正直なところ、こんな落ち着かない気持ちで朝食が喉に通るのか不安である。

「ユメ、話しがある」

「ギル。私、ここのクロックムッシュ好きなのよ」

「あ?ああ」

「とりあえず、食べ終わるまでは、その話置いといてもらえない?」

「……どういうことだ?」

「美味しいものは美味しく食べたいわ。貴方の話は聞くから。少しくらい待ってくれる?重たい空気の中で食べたくはないの」

「アイツのこと、そんな言い方しなくても…!!」

思わず頭にきて立ち上がりかけるが、冷えた冷静な目にじっと見つめられ、腕を小さく引かれて座り直す。

「…やっぱりオズのことなのね…悪く言うつもりはないわ。
……少しはエイダから聞いてる。元気そうでよかった。……ギルバート。貴方も、よかったわね」

「知ってるなら、何故会ってやらない!」

「…………その話は食べてからにして。ほら、ちょうど来たし。
ギル、今日の予定は?」

「今日は、この後パンドラに顔を出す」

「そう、時間は大丈夫なの?」

「問題ない」

「ならいいけど。いただきます」

「……いただきます」


ユメの部屋に近いこのカフェで、よく一緒にコーヒーを飲んだ。
彼女が自分の部屋を持ったのは大学の時だったから、それ以来だ。
そこまでの時間が経った訳ではないのに、物凄く懐かしい気持ちになる。

ここのチーズが最高なのよ、といつも満面の笑みで食べていたはずなのに。こんな寂しい顔で食べるようになるなんて。想像もしていなかった。

「オズに会って欲しい」

「会わない、と何度も伝えているわよね?」

「会わせてやりたい。…オズはユメのことを、とても気にかけている。頼む」

「会ってどうするの?」

「は?」

「会ったからって、何か変わるの?
久しぶり。元気だった?
それに何の意味があるの?
少なくとも、今の私にはその意味を見いだせない。
何度頼まれても、オズには会わない」

「っ、オズが、どんな気持ちでお前の名前を出したと思う!?
オズは、…オズは!あんなに小さかったんだ!
あのオズが、…どんな顔でお前の名前を出したと思ってる!」

「痛っ、
……ギル。私は、私を守るのに必死なの。必死で守らなきゃ、…私、もう壊れてしまう。
…悪いけど、もし少しでも私のことを考えてくれるのなら、お願いだから私にはもう関わらないで」

「………………俺が、オズを救いたかったのはオズのため、それから、貴女のためだった。……だから、…」

「……………………………」

「っ、ユメっ!?」

「ごめんなさい。……帰るわ。
………よかったね、ギル。
心から、そう思う。…オズのこと、よろしく。……明るい未来を願ってる。さよなら、ギルバート」


追い掛けなければ。
そう頭では思うのに。
一滴、こぼれ落ちた涙が。

泣かせてしまった。

大事な人を。

オズの、大切な人を。


ほらみろ、と思う。
彼女に必要なのはやはりオズだから。
自分では駄目なのだ。泣かせてしまうような、こんな自分では。

苦々しい思いを抱えたまま、代金をテーブルに置いて、店を出た。



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あきゅろす。
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