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いろいろ
あの子について聞いてみよう7



あの日の私の気持ちは、私にすら言葉に出来ない。


私はオズを失った日からずっと、抜け殻のような世界に生きていた。

『オズ様が……』

誰が何を言っているのか、なんだかぼんやりとしか聞こえなくて。
なのに、「もう、オズには会えない」のだときちんと理解していた。
どうして?なんで?信じられない。
「オズにもう会えない」という事実以外、私の世界は靄に包まれていた。

なのに、生きている。

知らぬ間にお腹が空いて、時間になれば用意された食事を摂った。
お茶の時間には出されたスイーツを食べ、注がれたお茶を飲み干す。
渡された本に目を通し、家庭教師の講義を聞き。家族に挨拶をし、真っ暗な部屋で夢を見て、明るくなったら目を覚ました。

意味もわからないタイミングで、時々涙が零れるだけ。

それ以外、私の生活は変わらなかった。
ただ、オズに会えなくなっただけ。

オズに会えないのに、私の日常は変わらずに続いていた。
なんでだろう。
答えも出ないまま、靄に包まれた世界に生きていた。


『ほら、ナイトレイの御子息様方にご挨拶なさい』

父に連れられたナイトレイ家。
新しい友人が出来たらまた明るく過ごしてくれるはずだ、と父なりの気遣いもあったんだとわかっていたから、私は黙ってついて行った。
本当は、四大公爵家との婚姻をなんとか再び取り付けたくて必死だったんだろうけど。
たぶん、私はどっちも理解していて、その上でどっちだってどうでもよかった。

ただ、少しだけ、申し訳なかった。
どんなことがあっても、もう二度と、笑えないんだろうなと思っていたから。
訳もなく涙が出てくる時だって、目蓋ひとつ動かないのだもの。
にこやかにご挨拶しなくちゃいけないのに、顔が全く動かなくて。表情が作れなくなっていた。
それだけはすごく申し訳なくて。でも、父は何も言わないでくれていて、少しは優しいところもあったのだなぁと、他人のことのように思った。


ナイトレイ家の実子であるクロード様とアーネスト様は、やっぱり靄の中でよく覚えていない。
あぁ、でも、なんで笑っているんだろうって思ったな。
私が人形みたいで面白がっていたんだろう。四大公爵家と婚姻を結ぶのに必死の哀れな子爵とその娘。馬鹿にされてたとしても仕方ない。

あの頃、私の目は見えていたけど何も見ようとはしていなかった。
だけど、ふと、二人から離れて立っていた他の兄弟の方に目を向けた。
なんでかな。
なんとなく、息を飲んだような何かの違和感があったのかもしれない。

『子爵の子なんだろ?なら、養子のギルバートかヴィンセントで十分じゃないのか?ははっ、顔は良くてもこんな蝋人形みたいなの、あ、ギルバートでいいじゃん、人形同士お似合いだろ?……ん?ギルバート?何驚いてんだ?』

「養子のギルバート」。大きな目。
真っ白で、痩せこけた頬。
何か辛いことでもあったの?
そんな顔をして。少し、痩せたね。
ちゃんと食べなきゃ駄目じゃない。

『………ギル、バート…』

私が彼の名を呼ぶと。
頭に、父の掌を感じた。

その瞬間、ギルバートの表情がぐしゃり、と歪み、弾かれたように駆け出して行ってしまった。

私は彼が出ていった扉をただ眺めていて、もう一人からの(恐らくヴィンセント)視線と、クロードかアーネストの笑い声だけが耳に残っていた。


あの時、靄に包まれた世界で、ギルの黒だけがはっきりと目に焼き付いた。
『もう二度とオズに会えない私』は
『もう二度とオズに会えないギル』と再び会うことが出来たのだ。
ただただ、奇妙な気持ちだった。
失われたはずの世界にいたギルが、また目の前にいたんだから。

それから、可哀想だな、と思った。
あんなに辛そうな顔をして。
すっかり痩せてしまっていた。
ああ、可哀想なギル。



後日、今度はお茶会に招待された。
私は相変わらず表情が作れないままなのに、何故かナイトレイ公はおとがめもせず、父に婚姻を前向きに検討すると伝えたらしい。
不思議なこともあるのだな、と思ったし、父に対しては良かったね、とやっぱり他人のことのように思った。
そして、隅の方で居心地を悪そうにしていたギルの周りだけが鮮やかで、他は白い靄の中のお茶会だった。
私はずっとギルを見ていたのに、ギルは私から顔を背けて、少しでも目が合うと泣き出しそうな顔になった。

だけど、帰りがけ、ちょっとしたチャンスがあった。

私は、ギルの真っ黒な頭に掌を乗せて、伝えたかった言葉を口にした。

『可哀想なギルバート』

びくり、と怯えたようだったギルは、ゆっくり顔を上げて、大きな目からぽろぽろと涙を流した。
真っ黒な瞳から、透明な涙がぽろり、ぽろり。
綺麗だなぁと思って。やっぱり、可哀想だなぁと思った。

ギルはもう、オズに会えないんだ。

可哀想に。


……可哀想に。









結局、私に表情が戻ったのは、ラトウィッジに入ってからだった。

私自身もよく覚えていないけど、ギルがまたぽろぽろと涙を流して喜んでくれた。
寄宿学校は私にとって日常とは別の世界に思えていたから、そこでの生活を続けているうちに少しずつ、人間らしい感情が戻ってきたんだろう。

学校の休みの間に何度かナイトレイ家を訪ねて、ギルと会った。

表情が戻ってからは、ラトウィッジの中で先輩だったアーネストから何度か誘いだったり接触があったのだけど、ある時、ギルが『彼女のパートナーは僕です』と彼に言い放ち、アーネストは憤慨したのだが、その後はぱたりと何も言わなくなった。
あれは、私が初めて夜会にデビューした時だったかな。
本当ならとっくに済ませていたはずだけど、私の状態を鑑みた父が延ばし延ばしにしていたらしい。

それからはナイトレイへ行く度にギルが待っていてくれて。
二人で話したり、ヴィンセントも交えてお茶したり。小さなエリオットと遊んだり。

ギルは会う度に『必ず、オズ様を救いだします』と強く強く約束してくれた。だから、婚約は自分と進めましょう、と。
そうすればいつか必ず、オズと結ばれる日がくるから、と。
『オズは、どこにいるの?』
『オズ様は、アヴィスに…』
『もう会えないのでしょう?』
『会えます!必ず!』
『本当に?』
『はい。僕が、必ず。そのために、僕はこうしてナイトレイなんかに…』
『ギルバート…』
『僕なら大丈夫です!何でも利用して、必ず、オズ様を取り戻してみせます』
もう二度と会えないと理解していたけれど、ギルの言葉を信じてみようと思えるようになっていった。


だけど、

私は果たして本当に…

『オズにまた会える』と信じていたんだろうか…?


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