いろいろ
あの子について聞いてみよう5
「いってらっしゃい、ギル」
朝食を食べようとアリスとダイニングへ向かう途中、玄関ホールの方でエイダの声が聞こえた。
ダイニングから玄関へ繋がる廊下に顔を出してみれば、エイダがこちらへやって来て。おはよう、と挨拶を交わす。
「ギルどっか行ったの?」
「人に会う、って」
「こんな朝から?」
「せめて朝食をって私も言ったんだけど…。カフェで待ち合わせしているからそこで食べるって」
「……………」
「…………………」
「おい、オズ!早く食べたい!お腹が空いたぞ!」
「ごめん、アリス!先食べてて!ってゆーか、俺のも食べて良いから!」
「何っ、本当か!」
「うん、俺はちょっと出掛けてくるよ」
「あ、待ってお兄ちゃん!私もっ!」
出掛ける、と言った俺に少しだけアリスは悩んだみたいだったが、やはり食欲には勝てず、俺がダイニングを出る時にはもう朝食に夢中のようだった。
エイダは俺の考えたことがわかったみたいで、バタバタと俺の後をついて一緒に馬車に乗り込んだ。
「ギルの馬車を追って!」
少し時間が経っていたけれど、馬車なら少しばかり跡も追える。
きっと大丈夫だろう。
ふと横を見ると、エイダがワクワクした顔をしていて、思わず笑ってしまった。
「なんか、こう…ワクワクするね、ドキドキだよ、お兄ちゃん!」
「そんな顔してるね、エイダ」
「えっ、やだもう!」
「エイダ、後ろ向いて」
エイダは朝食も食べずに慌てて出てきたせいか、まだ髪まで整えてられていなかった。
まだ街に着くには時間もあるだろうから。小さい頃のように、エイダの髪を編んで整えてやろうと思った。
大きくなった妹に、と思えば変な気恥ずかしさはあるけれど、「出来たよ」と声をかけた後に振り返ったエイダの表情を見て、そんなものは全部吹っ飛んでいった。
花がほころぶような、幸せな笑顔だった。
「わぁ、これまたオシャレなカフェだねぇ」
「お兄ちゃん、これはやっぱり、…デートかな!?」
ギルの馬車を追ってたどり着いたのは、大きなカフェだった。
こんなカフェなら俺たちが入ってもギルに見付かる確率が低くて助かる。
ちょうど良くエイダのお腹も鳴ったので、俺たちも朝食にしよう、とそのカフェに入った。
どこかにギルがいるはずだ。
とりあえず、目立たなそうな壁よりの、少し陰になる席を選んで座った。
「お兄ちゃん、いたよ、ギル!」
こそこそ、と会話する俺たちは結構怪しい気がしたけど、なんだかエイダが楽しそうだから、これはこれで楽しもうと決めた。
「おお、女の子と一緒だな。やるなぁ、ギル」
「あれって……先生?」
「え?」
10年…というのはわかってたことだ。エイダだってこんなに大きくなったし、ギルだってもう良い大人だ。
だけど。
その人は、大人の女性だった。
本当に綺麗な…女の人だった。
髪の色や、髪質は、確かにそんなだったと思うけれど、……一緒に庭を駆け回って遊んだ女の子とは、全然違う気がしたのだった。
「ずるい。…ギルってば自分だけ先生と会うなんて」
「エイダは学校で会うんだろ?」
「でも、…先生、人気だからなかなかゆっくりお話し出来ないもん」
「人気なんだ?」
「そうだよ!頭良くて授業分かりやすくて、優しくて、生徒のこと凄く良く考えてくれて。皆、どうしてもって時はユメ先生に相談するの!」
「あのユメがなぁー」
ちょっと気が強くて、ギルがめそめそすると良く怒ってたり。俺のイタズラにむきになって怒ったり。
俺がギルをいじめ過ぎた時も怒ったっけ。
あいつ…ずっと怒ってばっかだったなぁ。
でも、どんなに怒ってても、花をあげると機嫌を直したから…女の子には花をあげるのが一番なんだなって学んだんだよな…。
「でも、…先生とギル…なんの話してるんだろ…」
ふと思い出したのは、昨日の会話。
『ユメは、オズには会わない』
きっと、エイダも同じことを考えていると思った。
その時、ガタ、と急に立ち上がったギルにビクリとしたが、すぐにユメがギルの袖を引き、再びギルは腰を下ろした。
「なんか…あんまり良い雰囲気じゃないね?ケンカでもしてるのかな?」
「んー、こうして見れば、美男美女でお似合いなのになー」
「えっ、それはないよ、お兄ちゃん」
何言ってるんだ。エイダは知らないとはいえ、現に二人は付き合っていた間柄のはず。
へたれでも見た目だけならカッコイイ部類に入るだろうギルと、俺が驚くほど美しくなってたユメなら、単純に誰が見てもこれ以上ないくらいお似合いだと思うのだけど。
「先生、ずっと好きな方がいるもの」
エイダが言うには、生徒の中でも人気なユメには当たって砕ける男子生徒も多いのだとか。
しかし、必ず断られる。(当たり前だと思うけど)
『心の中に、大切な人がいるから』
歳を理由にすることもなく、彼らにちゃんと向き合って断るのだという。
だから、男子生徒も秘めているよりきちんと当たって、想いを諦めようと告白する者が多いのだと。
「それがさぁ、…例えば…ギルだったとしたら?」
思いついたように言ってみたけれど、エイダは面白そうに笑って、それはない。とやはり否定する。
「先生の大切な人、知っているでしょ?」
「だから、…ギルなんじゃ…」
「もう。あんなに昔から仲良かったのに。
先生だってずっと言ってたじゃない。お兄ちゃんのお嫁さんになるって。忘れたの?」
「ばっ、…そんなの子供の頃の…本気にするような話じゃないだろ」
「婚約するって…そう決まってたって、オスカーおじさまから聞いたよ?
子供の約束じゃない。ちゃんと、先生の心の中にある約束だよ」
「だけど…」
「先生の心の中にいる人は、お兄ちゃんだけ。それは、私が保証する」
勝ち誇ったようなエイダに、内心でうーん…と困るしかない。
エイダは本当にユメとギルが付き合っていたことを知らないのか。
「わぁ、ここのクロックムッシュ美味しい〜!
先生が前にオススメのカフェがあるって言ってたのはここだったのね!
お兄ちゃん、どう?」
「うん、美味しいな」
「よかった!」
俺たちも朝食を食べようと、一旦ギルたちから料理へと意識を移せば、パンとハム、チーズ、全てが絶妙なバランスのクロックムッシュに夢中になった。
とにかく美味しい、の一言だが、その中でも何よりチーズが絶品だと思う。
そういえば、ユメはチーズが好きだったよなぁと思い出して、10年が経てもそれは変わらないのか、と可笑しくなった。
「あ。」
「どうした?」
「お兄ちゃん…どうしよう…」
「エイダ?」
「お金…持ってきてない…」
「……………っ、ははは」
「お兄ちゃんっ、笑い事じゃないよっ!ギルにっ…駄目だ、えっと…御者さんに借りて…」
「エイダ、落ち着いて。
大丈夫。俺が持ってるよ」
「えっ!」
「男子たるもの、いついかなる時もレディに花束の一つや二つ贈れないと、な?」
「ええっ、……お兄ちゃんて、…タラシだよね…」
「こら、そういう言葉は覚えるんじゃありません」
「はぁ〜、お兄ちゃんって…本当に昔から「お兄ちゃん」なんだね。」
「どういう意味?」
「せっかくお兄ちゃんよりも歳上になったのに、お兄ちゃんにはずっと敵わない気がするなぁ…」
「エイダはそのままで良いんだよ。
歳上になったって、俺の可愛い妹だから」
優しくて、少し抜けてて、心配させられる可愛い妹。
それは小さくなくなっても変わらないんだって、そう気付かせて勇気をくれたのは、他ならぬエイダだから。
そんな気持ちを込めて言えば。
エイダは何故か顔を真っ赤にしてモソモソ何かを呟いていた。
クロックムッシュの最後の一切れを口に放り込んで、もう一度ギルたちに目を向けて見る。
相変わらず、和やかな空気はなくて。
せっかくの綺麗な顔なのに。笑ってくれないかなぁ、なんて場違いなことを考えてしまう。
ギルは背を向けているからわからないけど、きっといつもみたいに眉間にシワでも寄せてるんだろう。
コーヒーのカップを静かにソーサーへ戻し、ユメは首を横に振った。
それにギルが何かを言って、もう一度、やはり首を振って否定を伝えたユメ。
「あっ、ギル!?」
その否定にカッとなったのか、ギルが彼女の肩を掴んで。それを見たエイダが焦って立ち上がりかけた。
ほんと、駄目だなぁギルは。レディにそんな…。俺が溜め息を吐いた時。
見間違えじゃなかったと思う。
席は離れていたけれど、彼女のアッシュグレイの長い睫毛が震えたのを見た。
白い白い頬に、窓からの光を反射する雫が零れ落ちるのを、見たんだ。
深いネイビーの瞳から、涙が流れた。
文字通り俺もエイダも…ギルも、固まるしかなくて、その一瞬のうちに、ユメは涙を拭いて席を立った。
手を振り払われたギルは慌てて席を立つけれど、彼女はあっという間にカフェから出て行ってしまった。
呆然と立ち尽くすギル。
手をぐ、と握り締めた後、テーブルに代金を置いて、カフェを後にした。
追い掛けるつもりはないのか、馬車に乗り込んで、パンドラの方向かな?うちとは違う方向に走らせていった。
「エイダ」
「うん、」
「悪いけど、…先に帰っててくれるかな?くれぐれも、食べたらすぐにうちに帰るんだよ?」
「…うん大丈夫!いってらっしゃい!」
俺も、テーブルにお金を置いて、カフェを出た。
ユメは普通に歩いて出て行った。少し早歩きだったけど、あいつの体力の無さは良く知ってる。
たぶん、追い付けるはずだ。
追い掛けて、会って、どうする…なんて。
その時は何にも考えてなかったんだ。
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