いろいろ あの子について聞いてみよう4 「あの、先生…ひとつお聞きしたいことが…」 ――― 学校の休暇に、家へと帰って来て。 夕食時に兄から伝えられた、翌日の訪問客の存在。 『またあの女が来るらしい。…嫌になるな』 あの女…そんな呼び方でも、すぐに理解出来た。 この家に訪問客などあまりないし、ましてや、何度も来る女性なんて。 『兄上、仮にも俺がお世話になっている先生です。そんな呼び方はやめて下さい。 それに、先生をお呼びしたのは父上でしょう?』 父上は、先生…ユメ・ミョウジ 嬢のことを気に入っているらしい。 ミョウジ 家がナイトレイと縁を結びたいと持ち掛けた縁談を、父上は受けるおつもりだ。幸い、息子は何人もいる。 ただ、性格的に合わなかった兄上は、こうしてことあるごとに先生を悪く言う。 先生が兄上を選ばなかったからじゃないかと、俺は少し思っている。 『ああ…。くそ、なんだってあんな女…父上は何を考えてるんだ…。 あの女の相手はギルバートにさせときゃ良いのに。…ったく』 ずき、と感じた小さな痛みを無視して、俺は兄上達に宣言した。 『それなら、明日、先生は俺がお茶会にお誘いします。父上も呼ぶだけ呼んで…またいらっしゃらないのでしょう? 俺とリーオでおもてなししますので、兄上はお気になさらず』 『お、そうか?毎回悪いな』 『いえ、ちょうど休み中の課題が物足りないところでしたし。先生にご相談出来て嬉しいです』 『勉強も良いが、お前は十分優秀なんだ。ほどほどに遊べよ、エリオット』 兄は苦笑して立ち去って行った。 これで、明日は先生の相手は俺に決まった。 ギルバートさえ帰って来なければ。 あいつは一体何を考えてる!父上じゃない。ギルバートだ。 先生の婚約者としてほぼ決まりだと言われていたくせに、この半年くらいはずっと先生の訪問に顔すら見せない状態。(家にも寄り付かないんだから仕方ないが) だが、父上も、先生のお父上も、両家の縁が結べるなら相手は誰でもと考えているらしく、特にギルバートに何かを言ったわけでもないらしかった。 それなら。 ――それなら、…俺でも良いってことだよな? ――― 「なんでしょう?」 先生は、リーオの淹れた紅茶が美味しいと言って、それから茶菓子のクッキーが最高だと目をキラキラさせていた。 眩しくて直視出来ない。 だが、ここでは折れられない。 せっかく、リーオが気を利かせて出ているのだ。 今、聞かないと。 「先生、………」 「なに?」 「…………本当なんですか」 「ん?」 「……ギ…じゃなくて、ベザリウスのチビと…幼馴染みだったというのは」 違う!それじゃない! それも聞きたかったが、本当は違う。こっちじゃない。 けれど、その勇気が出なかった。 悔しい。 「ベザリウス……」 かちゃ、とカップを静かに置いて。 先生はそっと時計に目をやった。 「オズの、こと?」 「……はい」 「大昔の話だから…」 それから、俺を見て、面白そうに笑った。 「エリオット君は、オズに会ったのね?」 「う」 「イライラさせられるヤツだったでしょ?」 「その通りです!思い出すだけでムカムカします」 「はは、目に浮かぶわ。……変わってないのね…オズ」 イライラさせられるヤツと言った先生だが、オズのことを語る目はとても穏やかで…少しだけ寂しそうに揺れていた。 死んだと聞かされていた幼馴染み。 優しい先生が気にしない訳がない。 「ふざけたヤツですが、…悪いヤツではありません。 先生のことを、気にかけていました」 「…そう」 「会ってやらないんですか?」 「え?」 諦めたように目を伏せていた先生が、驚いたように目を丸くする。 「あいつに」 「私が?」 他に誰がいるというのか。 まっすぐに目を見て、頷いてみせた。 「………言ったでしょ? 昔のことだって」 「そうでしょうか? 少なくとも…あいつにとっては、過去のことではありません」 「っ」 アビスにいたという時間は、あいつにとって歳を重ねるほどの時間ではなかったという。 こちらは10年を経験したけれど、あいつにとっては…ついこの間のことなのだ。 先生は、ハッとした後、ひどく傷付いたような表情をした。 自分でも、どうして先生とあいつを会わせてやりたいなんて思ったのか、謎で仕方ない。 「先生、…あいつには、今を知ることが必要です。 今を知って、進ませてやって下さい」 「…………エリオット君、ありがとう。オズのこと、知ってくれたのね。 どうか、…オズの友人として、支えてあげて。『今』に貴方のような人がいてくれたことに感謝したいわ」 「じゃあ…」 「……でも、私はオズには会えないわ」 「どうして」 「オズに会う資格は…もうないから」 「資格?…先生、本気でそんなことを思っているんですか?」 「事実だから」 「先生、それはただ逃げているだけだ」 「そうね……逃げてるだけ…。 ………エリオット君、資格というのなら…私は、貴方から『先生』と呼ばれる資格も、もう無いわね」 「先生…?」 「君はとても、まっすぐで正しい。強い人。 だから、きっと許せないでしょう。 弱くて臆病で…ひねくれてしまった人間はね、これ以上…自分を憎みたくないから、逃げて逃げて…誤魔化して生きるしかないの。 だから、オズには会わない。絶対に」 「何を仰っているのかわかりません。先生は、いつも公正で温かくて…正しい人だ!」 「『先生』は、私ではないのよ、エリオット君。 貴方の前では『先生』でありたかったけれど。 私は、…臆病で弱くて…最低な人間なの。 貴方の嫌いなギルと同じ、それ以上に…臆病な、ね。」 「っ!」 先生からギルの名が出る。 それだけで、頭に血がのぼる。 その変化を気付かれて、先生はクスリと小さく微笑んだ。 「ナイトレイ公へは、今夜にでも、しばらくお呼び頂かないようにお伝えしておくから、安心して。 学校では、ちゃんと『先生』でいるから…ご容赦下さいね」 その時は、何がなんだかわからなくて。 『もうしばらく会うつもりはない』んだと気付いたのは、翌日…(父上の要望で夕食を食べたら遅くなって泊まっていった)先生が帰ってからのことだった。 . [*前へ][次へ#] [戻る] |