g.long
燃える空 (土方)
『空が、燃えているわ』
『怖いか?』
『燃えるような赤は好きよ。
とっても美味しそうで』
『‥いや辛ェよ‥』
ああ、空が燃えていると思った。
思い出の中の空と似た、夕日に焼ける赤い赤い空が広がっていた。
俺は何か使命のようなものを感じて、近くにあった高台の公園へ車を向けた。
隣の助手席に座っていた女は、急な進路変更に事件かと思ったのか、腰の刀の存在を確認して気配を引き締めた。
そんなんじゃねェ、ちょっと野暮用だと言ってやる。
車から降りて見た景色は、
俺達の思考を停止させた。
昔、惚れた女と見たより何倍もデケェ空だった。
隣の女はアホみてェな面で言葉もなく突っ立ったまんま、喋らない。
その横顔に一筋、涙が流れたのを見てしまい、俺はなんとなくタバコに火をつけた。
見なかったことにしてやろうと思う。
誰だって多少夕日には思い出があるもんだ。
良い悪いは別にして。
「‥‥すごい‥」
時間が経つほどに燃え上がるような色が鮮やかになっていく。
最初にここに立ってからどのくらいの時間が流れたのか。
ぽつりと、女は言葉を零した。
さっき流れた一筋の涙と同じくらい、ひそやかに。
思わず零れた、そんな感じだった。
「お前は、今何を思う?」
何故だか気になって。
この女なら何を思うのか、尋ねてみたいと思った。
「何も、思わない」
「なんだそりゃ。
‥どういうことだ?」
じゃあ、あの涙は何だったってんだ。
「この夕焼けを見ても、私は悲しいとは思わない。
切ないというのも違う。
懐かしいとか、美しいとか怖いとかも、当て嵌まらない。
うん‥どんな感情も当て嵌まらない。だから。何も思わない」
「当て嵌まらなけりゃ、何も思わない?」
「そうじゃないの?」
「でも、お前は『すごい』と言ったろ」
「言ったね。確かに。
‥言葉として言い表せるどの感情にも当て嵌まらないけれど、
私は、ただ圧倒された。
今も圧倒されている。この空に」
「ああ。なんとなく、わかる」
「私は、表現することが下手だから。気の効いたコトも言えないし、自分の気持ちも上手く伝えられない。
‥‥トシの心に深く刺さって抜けないような強い言葉も、私には言えない」
「‥‥‥‥‥‥」
もう、広がっていた赤は闇に飲み込まれようとしていた。
「トシが今日みたいな夕焼けを見て思い馳せるのは、私じゃない。今までも、これからも。ずっと」
夕闇の中、女は苦しそうに笑っていた。
「不満か?」
否定は、しない。出来ない。
女の言ったことは、真実に近いと思うから。
「寂しいだけ。
そして。それほど、私はトシが好きなんだと実感するの」
「思い出すのは、アイツだけだ」
夢乃は俺から視線を外して色付いてきた街の光りを言葉なく見つめた。
俺も同じものを見つめて、
確かめるように繰り返した。
「アイツだけで良い。思い出すのは」
「‥‥‥‥」
「だからお前は、そこにいろ」
動かないけれど、気配から少し女が動揺したのがわかる。
「思い出す必要がねェように、お前はそこにいてくれ。
俺を置いていくんじゃねェぞ、絶対に。俺の側から離れるな」
ふ、と夢乃の周りの空気が緩む。喋らなくても素直な奴。
「私って思ってたより愛されてるのか」
「馬鹿野郎。知らなかったのはお前だけだ」
一緒に、同じ時を生きているってことがどれだけデカイことか、
お前はまだ気付いてねェんだ。
光の海みたいな夜景を目の前にして。普通のカップルなら、抱き寄せてキスでもしやがるんだろうが、
俺達は、ろくに視線も合わさないまま、車に戻って帰途についた。
そんなとこが妙に俺達らしいと、頬が緩んで、ごまかすためにタバコをふかした。
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