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g.long
8、生きている。生かされている。


『エリー、うちの部下を頼む。俺は…戻って援護に行く』

『戻るって…ライン、撤退命令は出たはずよ』

『ラインさん!エリー分隊長の言う通りです!
それに、戻ったところで、あいつらはもう…無理ですよ!』

『だからだろう!
他の隊にはまだ撤退途中のやつもいる!
あそこで誰かが食い止めなきゃならないんだ!
エリー、…あとは、頼む』

『ライン分隊長ー!!
………くそ!…本当…いったいどうなって…!……兵長も…団長も、どこだよ!?』

『……映理分隊長、…、この状況では…。
俺達…囮だった…としか、思えません…!』

『…だったら、何?
囮だったら、この調査、参加しなかったって?』

『…い、いえ…』

『人類のための、囮となる。
そのために、私達は心臓を捧げたんでしょう!?』

『……はいっ…!』

『だけど。
あいつらにその命、易々とくれてやるんじゃない。
追い詰めて追い詰めて。最後の最後まで。一体でも多く、削いでからよ』

『わかってます…!』

『分隊長!向こうから新手です!
15メートル級3体!』

『分隊長!私が行きます!』

『待って。可能な限り引き付けてから全員でかかる!』

『えっ、でも…』

『いい?
人類のための囮とは言ってもね。
私はまだ「すまない。人類のために死んでくれ」とは言われてない』

『分隊長…。さすがに団長だってそんなこと言わないですって…』

『あはは、エルヴィンなら言うって。「その必要があれば、そう伝える」って言ってたし。
でも、まだ言われてない。私はまだ死ねない。
だから、私はあなた達も、死なせない。…今回は、生き抜け!いいな!』

『はいっ!』

『分隊長!指示を!』

『一番右のイカれてるのは私が。
残りはライン班とうちの班で二手に別れて。
この防衛線は死守せよ!』




(その時の調査で、同期のラインは結局戻って来なかった。
託された部下は、次の調査で失った。そのうちで、残ったのは、一人だけ)


(生きたかった。
守りたかった。
そのために、戦ってた)





『この間出来たばっかのラーメン屋に行ったらさ、…まさかの激マズ!きゃはは、ソッコー潰れるよアレ!っつーか、潰れろ?みたいな!』

『マーマー!あれ買ってくれるって言ったー!
やーだー!お菓子いらないー!違うー、あれがいいー!』

『あ、あの髪留め可愛い!
お揃い?いいねいいね!ピンクとオレンジどっちがいい?』

『バイト代入ってるかなー。
えー、うん、続いてる、いちおね。
そー、最悪なんだけどしょーがなくない?お金は欲しいし。店長くらいムカついても、まぁ我慢するよね。
昨日なんか、ちょっと言い返してさ、ちょっとスッキリした』

『あー、あそこね、こないだ彼氏と行ったら。
ほら、あれ。誰だっけ。弓子の元カレの…え?…そうそう、それそれ!見ちゃったの!』




(……ねぇ、私、囮にもなれなかったの?)


(ねぇ、…貴方に、もう会えないのかな…?)









「っとに。…何なんだよ!
車に乗りゃ、酔って吐くわ。
やっと茶が飲みたいって街中に出りゃあ、人混みに酔って倒れる。
信じられねぇ…!」


「ふ、副長ぉー…、…副長だって心配してついてきといて…」


「心配?お前が殺されねぇか、心配してやったんだよ。コノヤロー」


「また!
エリーさんはそんな人じゃありませんよ!」


「ハッ、どうだかな。
俺は仕事に戻る」


「あっ、土方さん?…行っちゃったよ…
全く。彼女はそんな人じゃないのに…」


土方が去った気配を何となく感じたエリー。
彼はエリーを危険人物と見なしているからか、彼が去っただけで部屋の空気が軽くなった気がする。
土方の方も、それほど警戒すべき相手だと彼女のことを認識している結果だ。


「……やま、ざきさん…」


「起きた?エリーさん。良かった!
気分はどう?」


「…はい、…大丈夫です…」


「あんまり大丈夫そうに見えないよ?」


心配そうに覗きこむ山崎の顔を見て、彼女は布団から起き上がろうとして。それに慌てた山崎に止められる。

「エリーさん、君はさっき倒れたんだから、今日は大人しく寝ていて」


「倒れた…というか、…ただ気持ち悪くて、目が回って…」


「それを、倒れたって言うの!」


いい?ちゃんと寝ていてね!
君は少し、無茶過ぎるよ。女性なんだから。もっと身体を大事にして。

山崎は説教まがいの台詞とともに、彼女の部屋を出て行った。


(……女性、なんだから。か…)


エリーとしても、彼の言うことは理解出来た。
まぁ女性でも男性でも、倒れられたら心配するのが普通だ。


(でも、…こうして寝ているのは、落ち着かない…)


幾度目かの調査で、酷い怪我を負ったことがあった。
その時は医師から絶対安静を言い渡されたはずだ。
肋骨だったか、大腿骨だったか、エリーはもう忘れたけれど。
その時、一体どうやって時間を消化していたのだろう。

その頃は、彼女はまだ一兵卒で。
確か、皆が見舞いに来てくれた。
上司、先輩、同期、後輩…。
心配するよりも先に、彼らは笑顔で言った。『よく生きて戻った』と。言われて涙が出た。生きていることに感謝した。
生きていることだけが重要で、怪我の程度は問題じゃなかった。

その後、エリーもまた、時が経っても立場が変わっても、怪我を負いながらも帰ってきた同士達にはいつも同じ台詞を贈った。生きていてくれてありがとう、と。
言われる側でも言う側でも、やっぱりそこには変わらない生への感謝があった。


(また、…考え過ぎると眠れないか。
…寝よう。今は。…「ここ」は、きっと本当に、人類が脅かされずに暮らせる場所なのかもしれない。
信じられないけれど…)

街で見た、聞いたのは。
なんの脅威もなく平穏と未来が当たり前にある。…そんなことを信じてるような人々の姿。
…彼女の知る「あちら」でも、そんな人間はいた。人類の敵、巨人なんて壁の向こうの昔話じゃないか、と。自分たちのように壁で守られた人間は大丈夫だ、と。
そう、多くの人間が信じ切っていた。
だがそれでも、壁がある事実。巨人がいる事実。人類の未来が不確かだという事実。それらは常に人々の中に重暗い感覚を与えていたはずだ。

その重暗い感覚が、「ここ」には無い気がする。
そのせいだろうか。エリーは上手く歩けない。上手く息が出来ない。平衡感覚までおかしくなっているようだ。


(…女の子なんだから、…か。
私が、ここにいる意味……?)


答えのない、堂々巡りの思考の中で微睡んでいた。





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