g.long
7、紅茶。緑茶。
「おはようございます」
「おはようございます。今日はまた早いですね」
食堂で朝食を摂るエリーの姿を見付けて、山崎は向かいに腰を下ろす。すでに半分は食べ終えている様子から、早く来ていたのかと察してみた。
「いいえ、私はいつも通りです。
山崎さんが今日は少し遅いのかと…」
「えっ?
ああ、そうかも。はは、昨日帰ってきたのが遅くてね…」
(そうだった。午前様で、寝坊したのは俺の方だったよ…)
普段なら、山崎は迷わず昼まで寝ている。
だが今日は、無理にでも起きて朝食を食べる理由がある。
(いやー、ほんと、朝からキレイな人だよなー…。
うっわ、まつ毛長い。そうだよなー、この国の人じゃないから、まつ毛まで髪と同じ茶色なんだな…。
ってやば!見惚れてる間に彼女食べ終わっちゃう!)
「エリーさん!」
「…はい」
「……あ。えっと…お茶!
お茶はどうですか?」
「ありがとうございます。いただきます」
彼女を引き留めるため、咄嗟に横の急須に手を伸ばす。
毎食時に机毎に用意されているお茶入りの急須である。
「………ここのお茶は、…美味しいと思います。……緑色なのに」
「緑色だとまずいの?」
「いえ…。……というか、お茶は茶色いものだと思っていたので」
「茶色のお茶もあるよ?
紅茶とか、麦茶とか、たくさん」
「紅茶!あるんですか!?」
「え、うん。
そっか、エリーさんは紅茶なら知ってるんだね。
じゃあ、今度お茶っ葉買いに行きましょう!
ティーバッグのが楽かな?」
「……ティーバッグ…?」
「…………そこは、つまずくか…」
「すみません…」
「いや、いいんですよ。
あとで実際に見たら良いしね。
エリーさん、昨日はどうしてました?二日も別の仕事入っちゃって、朝しか付き合えなくてごめんね?」
「いえ。昨日も、…特に…部屋にいました」
「えっ、また!?退屈じゃない?」
「することは…無いですが…。
……色々と考えていたら終わってしまいました」
「えぇえ!たっくさん考えたんだね!?」
「答えが出ないことでしたからね。
キリがないはずでした。時間潰しにはちょうど良かった」
少し微笑むような口許だったのに。
彼女の眉が切なく下がっていたのが、山崎には惜しくて仕方がなかった。
「こっ答えが出ないって、たとえば!?」
焦って、とにかく質問した山崎だが、
早々に後悔する。
これでは傷を抉るだけじゃんか。と。
「たとえば…ですか?
私が『ここ』にいる意味、とかですかね」
朝の光の中で、肩くらいまでの薄茶の髪が金にも見えるように綺麗で。
肌も透けるように白くて。
ただ、濃い茶色の瞳だけが、あまりにも、哀しそうで。
「そっそんなの!簡単だよ!生きてるから、だよ!」
つい。ぽろりと。
山崎は猛烈な後悔と恥ずかしさに耐えなければならなかったため、
エリーの小さな「そう、だと良いですね…」という呟きを拾うことは出来なかった。
「あっ、じゃあ、良ければ今日行っちゃいますか!俺、今日非番なんで!」
「えっ、そんな、非番にわざわざ行くことでもないですから!」
何を言っているのか、とでも言わんばかりのエリーのリアクション。もうこの数日で山崎には色々と理解してきたものがある。
こんな風に、お互いに温度差が生じた場合。たいてい、お互いの世界観での「普通」のラインがズレている、とかだ。
「いいんですよ。休みならすぐまたくるし。構わないんで。どーせヒマだしさ」
「そんなにお休み取れるんですか…」
「警察って、市民の安全を守る仕事でね。
理不尽な上司に捕まらなければ、ちゃんと交代で休みを貰えるんだ」
「………憲兵団…のようなものか…」
「少しは理解出来た?」
「はい。市民の安全を守る仕事なら、私も知っていますから。
確か彼らは非番がきちんとあったはずですし」
では、エリーを含むだろう『彼ら以外』はどうだったのか。
気にはなる。気にはなるけれど、漠然と訊いちゃいけないような予感がした。
山崎のその予感はだいたい毎度のこと当たるので、好奇心を抑えて我慢する。
「そっか。
僕たちみたいな仕事はどこでもあるよね、形は違ってもさ。
で、どう?買い物行ってみない?」
「…では、お言葉に甘えて…」
「うん!じゃ、副長に許可取ってくるから、…そうだな…部屋で待っててください!」
「わかりました」
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