[携帯モード] [URL送信]

g.long
4、確認。意志。


朝目覚める。
起き上がる。
着衣を確認する。
周囲を見渡す。
部屋の確認をする
窓を開ける。
外の様子を確認する。
時間を確認する。
クローゼットを確認する。
着替える。
洗面所へ向かう。
鏡の中の自分を確認する。



彼女の朝は、異常なまでの『確認』で始まる。






「おはようございます。
よく眠れましたか?」


ノックの後、挨拶とともに彼女の部屋に顔を出したのは、山崎退という兵士だ。
彼女が『ここ』へ来て初めて会話をした人物で、彼らの保護下に置かれてから3日目となるが、その間付きっきりでエリーの側にいる者だ。

エリーは今の状況について、保護下ではなく、監視下であると認識している。
もっとも、彼ら真選組にとっては、保護下であり監視下であり、つまりその判断を見るために留めているだけなのだが。


(今日も朝から綺麗だなぁ、ここにはむさい男共しかいないから、俺がしっかり守らなきゃ!!)

山崎退は上司からの命にいまいち理解を示していなかった。


「ご飯、食べに行きましょうか」


「はい」


連れ立って歩くと、それだけで周りの隊員達がざわざわとうるさく騒ぐ。
男所帯の中で女性がいるというだけで、華がある。
中には声を掛ける者もいたが、全て山崎がブロックするので、今までエリーがまともに会話を交わした人間はまだほんの数人だけである。



(また、こんなに…!)


この3日、ご飯時には決まってドキドキと胸がうるさいエリー。
『ここ』を離れる時に何が未練かと問われれば、即、食事と答えるだろう。


「おはようさん、今日もべっぴんさんだねぇ。…って、いやだよ、まだびっくりしてんのかい!」


「だ、だって、こんなに…野菜も、魚も…」


「たんとお食べ!!お代わりもあるからね!食べないと、あんた、ガリガリじゃないか。ダイエットは良くないよ!」


「…だい、えっと?」


エリーが『ここ』へ来る前、まさに3日前までいた場所では、食糧は貴重なものだった。
彼女は『そこ』で人類を守る兵士であったからこそ、毎日きちんと食事を摂ることが出来ていた。
しかし、それも最低限のものだ。
肉や新鮮な野菜は貴重であり、塩も高価なものだった。
芋類や根菜がメインの薄い味付けのスープ類に固いパン。そんな質素な食事でも、毎食食べられたなら十分に恵まれていると言えただろう。
肉や野菜だって、食べていた方だったかもしれない。

それなのに。

『ここ』では食べ物が溢れている。
肉も野菜も、魚も。好きなだけ食べれて、残すのだって当たり前。
皆がめいめい自分の好みの調味料を好きなだけかけて食べることすら、彼女にとっては信じがたいことだった。


「はは、おばちゃん…、ダイエットなんてする必要ないって、彼女」


「そうねぇ、あっはは」


食堂のおばちゃん達も、山崎以外の隊士達も、そんな彼女のことを大変な田舎から出てきた娘だと思っている。




「食べながら今日の予定を話すね。
午前中は昨日の続きで、話、聞かせてもらうから。午後は、………最初の日にいた、あの山に一緒に行こう」


「…………あそこに…!ありがとうございます!」


「俺には異世界の入り口なんてものがあるとは思えないんだけど、探してみないとわからないし、もしかしたら、帰れるかもしれないし」


「…………あ、…帰れ、る…?」


おや?と山崎は首を傾げた。
彼女の話すことをこの2日ずっと聞いてきて、話す様子から彼女はてっきり帰りたいものなんだと思っていたから。
今、帰れるかもしれないという可能性が今日の午後に浮上したことに、なにやら戸惑う様子なのが不思議だった。


(…まぁ、話を聞く限り、俺だって帰したいとは死んでも言わないけど。
帰りたくないって方が自然なんだ)


「なに?ご飯美味しいし帰りたくなくなっちゃった?
俺は嬉しいけどね。エリーさんがここにいてくれる方が」

沈んだ空気を何とかしようとわざと明るく言葉を繋ぐ山崎だが。


「……いえ。……私は、帰らなくてはならない。私は、『あそこ』で生き延びなければならないの」


「あ、…そっか、……まず!ご飯だよ!ほら、しっかり食べなきゃね!」


ゆっくりと瞬きをひとつ。
揺らいだ気持ちをそれだけで。
ただそれだけで、エリーは心を決めてしまった。
強い人なのだろうと思う。だから、山崎は彼女の話す内容を笑い飛ばすことが出来ない。

責任というのだろうか。何かをしっかりと背負い込んで、それを当たり前だと言える強さが、彼女にはあるようだった。
頭のおかしい人間にも、嘘をつく人間にも、現実から逃げようとしている人間にも見えないのだ。


(でもなぁ、もし本当なら、それはそれで困った事態なんだけど)


神隠し。
タイムトラベル。
ワープ。
パラレルワールド。
異世界。
夢落ち。
精神世界。
世界の書き換え。


そんなあり得ない事象が現実に起こったということになってしまうから。


(仮に、本当のことだったとしたら、
俺はやっぱり、彼女を帰したくないよ)




美味しい、美味しい、と朝食を食べる美女を間近に見つつ、山崎は周囲の隊士達からの殺気の込められた嫉妬の視線に耐えるのだった。






.

*前へ次へ#
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!