g.long
1、さようなら。こんにちは。
※某巨大な人漫画からの飛び込みですが、わからなくても大丈夫。…なように頑張ります。
「…は、…はっ……くそっ、くそっ、……ああ、もう、…ま、…まだっ…っ!?」
ズサ、と足元で嫌な音がして、
踏み締めたはずの大地の感触に裏切られた。真下の、ぱっくりと開かれた闇。文字通り、底知れない絶望を感じた。
「う、うあぁぁあ!?」
その時の感情は恐怖に他ならないが、それこそが。
死を覚悟したその瞬間の恐怖こそが、人間の死を呼び寄せるのかもしれない、などとどこか他人事のように思った。
もし、そうならば、死を覚悟し恐れた自分は今、やはり死にゆくだけなのだろう。
あんちくしょー。と山崎退は心中で悪態をついた。
走っても走っても、ちょろちょろと逃げる男の背中を追い掛けて道なき道を奔走する。
あれほどデカイ図体の癖して、よくもまぁこんな山の中を動き回れるものだと感心する思いもあるにはあるが、ここでこいつを逃がす訳にはいかない。
そんなことになろうものなら、………とそこまで考えてから思考を停止させた。それは、目の前の背中を捕らえるのに集中するためであり、また、思考の先にあった鬼のペナルティーについて想像すらしたくなかったためだ。
(何がどう転んでも、あいつを逃せば殺される…!)
山崎退はまさに必死であった。
山の中でしばらく鬼ごっこを続けると行く手の斜面が急な角度で立ちはだかっている。
よし、チャンスだ。と山崎はほくそ笑んだ。
所持している手錠を確認し、その手を今度は刀へと滑らせ。山崎が息を吸って準備した「神妙にお縄につけ」というこの場に絶妙な台詞は、残念ながらこれまたベタな「こいつがどうなってもいいんだな!?」という台詞によって阻まれることとなった。
(こいつがって、こんな山に人がいるわけ…?)
こんな夕暮れ時の山に人なんか。と。
山崎が目を凝らして見てみれば。
夕陽に照らされた落ち葉に埋もれる様にして、色の白い、恐らく女性が座り込んでいた。
「なぁ、ネェチャン、悪く思うなよ」
驚くほどチンピラらしい台詞を吐いて、大柄な男がナイフを彼女の方に差し向けている。
「…………」
彼女は悲鳴も上げずにただ呆然としているようだった。
山崎は素早く観察し、彼女がどうやら異国の人なのではないかと見抜いていた。
顔立ちの彫りが深く、色白で、瞳も首の辺りでばっさりと切られた髪も明るい茶色。
きっと状況は飲み込めていないだろう。
呆然としたまま、突き付けられた刃物を見、そして犯人を無表情に見上げていた。
言葉もわかっていないのではないかと、山崎は嫌な予感がした。
「おい、警察さんよ、今から俺はこいつを人質に…ってぇぇぇええ!!!痛ぇぇ!!」
(は?なに?…とりあえず、チャンス!!)
男が女性を掴もうとした一瞬、何故か男の悲鳴が山に響いた。
この機を逃せないと山崎が刀を抜いてすぐさま駆け寄り。終わりかと思われたのだが。
「ちくしょう!」
だが、男は諦めが悪かった。
先程とは反対の手にナイフを持ち換えて、今度は山崎の方へと突進する。
そのスピードに山崎が一瞬怯んでしまった。
(あれ、これ、ヤバくね?)
「っ、ぎゃあぁぁあぁ!!」
つんざく様な悲鳴。
しかし、それをあげたのは、山崎ではなく、男の方だった。
「イテェ!!イテェ!!うわぁああ!!」
ゴロゴロゴロ。落ち葉の上を足を抑えながらのたうつ男。
内心パニックなのは山崎も同じで、口を開いたまま眺めることしか出来ない。
動いたのは女性だった。
表情ひとつ変えずに、男の方へ足を向け、膝まである皮のブーツで男がナイフを持つ方の手首を踏みつける。
男の目が恐怖に染まり、動きが止まった。
女性はゆっくりかがみ、黙って男の手からナイフを奪うと、興味がないと言わんばかりに投げ捨てた。
「…かっ、確保っ!」
素早く立ち直った山崎が刀を納めて駆け寄る。倒れた男に馬乗りになって手錠をかけた。
女性は山崎の方をちらりと確認したのち、男から離れて地面に座り込んでいる。
ぺたり、と座り込むので、ズボンが汚れるんじゃないかと心配になった山崎は、ズボンにしろジャケットにしろ、すでに結構泥や血の様なもので染まっているのに気が付いた。
「あっ、君っ」
ふら、とふいに揺らいだ彼女の姿。
駆け寄ろうとした山崎を制したのは。
「いい。お前はソイツ見てろ」
「あれ、副長!?」
急に倒れ込んだ女性を心配した山崎に、後ろから声が掛かり。振り返れば、上司である土方がタバコをくわえながらアゴで手錠をかけたばかりの男を示してきて「お前はそっちだ」と命じてくる。
未だに男はじたばたと落ち着きなく足掻いていて、痛い痛いと訴えていた。
面倒だなぁと思いつつ、ここで気を抜いてペナルティを喰らうのだけは勘弁したい山崎は、大人しく逃亡犯の方へと歩み寄る。
一方、土方は、結局倒れこんだ女性に舌打ちをしてから、放置する訳にもいかないと抱え上げて。
「大丈夫ですか、その女性」
土方に抱えられた女性を見るなり心配する山崎だったが、それには「知らん」と取り合わない土方。
「さっきはそんな風には見えませんでしたけど、やっぱり怖かったんですよ、きっと。
気が抜けちゃったんじゃないですか?」
「…………ザキ…お前、今日夜勤追加」
「ええっ!!なんで!!」
「黙れ。そんなザコ相手にこんな奥まで逃げ込まれやがって。その上女に手助けされるなんてどんだけ失態さらしてんだ。反省しろ」
「副長、見てたんですか!?なら出てきてくれたって…」
「さっさとつれてけソイツ」
「あっ、はい!」
「……出てくつもりだったぜ。もしもの時は…」
「え?なんか言いました?」
ふ抜けた部下に盛大な舌打ちを投げて黙らせた。
土方はいつでも抜刀出来る状態で様子を伺っていたのだ。
この部下では荷が重い事態になる可能性があったから。
(山崎、普通の女はナイフ向けられて冷静にその手首に関節技かませないし、その辺の枝で男の足ぶっ刺すなんてこたぁしねぇんだよ)
山崎は彼女も怖かったんじゃないか、とか言っていたけれど、土方は全くそんなことは思わなかった。
最後まで彼女は冷静だった。
もしも、彼女が男の動きを抑えたあと、その標的を山崎に変えていたら…。
そんなことも理解しない不甲斐ない部下にイライラがつのっていく。
(何よりも、コイツ…、男の足刺したあと、確実に急所狙ってやがった)
もし、男が足を痛がって転がっていなければ。
そこまで考えたものの、結果的には強盗傷害の犯人グループ最後の男も確保出来たし、危険人物も意識がない状態で確保出来た。
まぁ悪くはない、と土方が頷き、帰還すべく山のふもとへと戻っていった。
「現場の事後処理担当班は3番隊の何班だ?
この山ちょっと調べてこい。あ?文句言うな。黙って仕事しやがれ。
さっき山の奥で女を一人保護した。身元がわかるものがあるかもしれねぇ。日が落ちる前に探してこい。人数足りなきゃ3番隊総員駆り出せ」
2013.06.26.
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