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g.long
Hello! My family!! 3



命に別状はない。だが、戻るはずの意識が戻らない、と医師が説明した。

医師が立ち去ったあと、土方が総悟と夢乃に向き直り、深く頭を下げた。
それに一瞬どきりと戸惑った総悟に対し、彼女の方は淡々と言葉を発したのみ。
『気にしてません』


近藤がとある事件の首謀者を追い詰める過程で頭を打ったのは前日のことだった。普段から忙しく、家に帰れないことが多々あったとはいえ、本来なら近藤の異母兄弟であり部下の土方が夢乃や総悟に連絡すべきであっただろう。その日のうちに、だ。
それをしなかったのは、土方が二人に余計な心配を掛けたくなかったからであり、近藤がすぐに意識を戻すと楽観していたからだ。
『そんなことだろうと思いました』
本当に淡々と言った彼女は、逆に土方に向かって頭を下げた。

『勲さんのこと、お願いします』

それから、勲の頬にそっと触れて。

『勲さん、また明日』

おい、まさか、と思う間もなく、

『総悟くん、今日は土方さんにお任せして帰りましょう』

と帰り支度を始めた。
何がどうなっているのかわからない総悟は、あっという間に病室から押し出されてしまう。
廊下に控えていた土方の部下の山崎に行き同様送ってもらい、帰宅する。
因みに、山崎は総悟の高校の時の剣道部の先輩で、…何故か先輩なのにパシリとして定着してしまった気の毒な男だった。




「…一体どういうつもりでさァ」


お風呂ためるね、と帰宅早々風呂場に消えた夢乃を居間で待ち、まず尋ねた。
総悟にはわけがわからない。
再婚して2年が経っても飽きもせずバカみたいに毎日甘ったるい勲と夢乃夫妻なのに、今日の彼女の行動はどうも薄情過ぎないか。

「もう面会時間も終わりだったし。
総悟くんも、明日は朝から大学でしょう?」

土方さんももう少し早い時間に教えてくれても良いのにね。全くあの人は。

「また明日、行きましょうね。
山崎さんが夕方迎えに来てくれるって。良い人ね、総悟くんの先輩だって?」

といつもの微笑みで話を切り上げられた。

まぁ彼女も心配なのだろう。
そう結論に達した総悟は、深く追求することを止めた。
総悟自身も父親が心配で落ち着かないのだ。頑丈さだけが取り柄のような人間が、と。20年近くにいた自分が不安なのに、再婚して2年程度の彼女が動揺しないはずがない。
今はそっとしておこうと決めて、彼女に促されるまま風呂に入るべく着替えを取りに自室へ向かった。











『勲さんに届けて下さい』


総悟が帰宅すると、
この数日必ずテーブルに勲の着替え等の荷物と土方への差し入れとともに、このメモが置いてあった。
彼女と勲を見舞った翌日からずっとで、それはあの夜以来、彼女が見舞いに行っていないことを示していた。

我慢した方だった。総悟にとっては。
大学から帰り、黙ってメモの通り荷物を持って勲の病室へ行き、目を覚まさない父親の顔を眺めて、何をするでもなく時間を潰し、帰宅。
帰ると、夢乃が夕飯を作って待っていて、いつもより遅い夕飯をいつものように食べる。
聞かれるままに勲の様子を報告して、食後のお茶を飲む。

2日、それを繰り返した。
それなりに彼女を信じていたからだ。
だが、もともと気は長くない。

『あんた、本当に親父が心配かィ?』

きょと。と目を一度見開いた彼女は、まばたきをしてから落ち着いて応えた。

『そうね、そろそろ、目を覚ましてくれないと、ね』

『そろそろ?
そんな暢気なこと言ってる場合か?言いやせんでしたが、本当は昨日、ここまでくると意識が戻るって確証も出来ないって医者に言われやした。今日辺り再検査だってのに、あんた、今日も見舞いに行かないつもりかィ?』

『今日は土方さんから自分が行くって連絡もらったから』

『土方!?
土方クソヤローと仲良く連絡とって、旦那の見舞いに行かないって…あんた、本当に何を考えてんで?
親父の気持ち、考えたことありやす?』

『勲さんの、気持ち、は、……『目が覚めて、トシがいて、憎まれ口叩かれて…悪いって笑って…がベストかなぁ』だと、まぁ思うんだけど、私間違ってる?』

『はァ?だから、なんで土方クソヤローにそんなに遠慮するんでィ?
あんた、夫婦だろ?
いくら異母兄弟っていったって…』

『遠慮じゃないよ。
もし勲さんが目を覚まして、その時私がいたら、勲さんは謝ると思う。心配をかけた。本当に悪かった。すまない。って。総悟くんでも、たぶんそう。
だけどね、土方さんには頭を下げない。悪いって笑って、お礼を言う。
勲さんにとって、土方さんはそういう役割の人だから』

『信頼、してるって言いたいんでィ?』

『信頼もあるけど、そういう役割なの。
私は、勲さんが私に頭を下げて謝るの、見たくない。だから。
私の役割は家で勲さんを待つこと。
勲さんは、ただ帰ってきて、笑って『ただいま』って言えばそれでいい。
謝ってなんて、欲しくない』


なんだ、結局バカップル夫婦か。
もし、土方に浮気するのなら遠慮なくかっさらってやったものを。と。面白くない気持ちもあり、どこか安心した気持ちもあり。
やっぱり総悟には彼女が特別で、彼女が勲を待つというのなら、勲の代わりに守ってやりたいと思うのだ。

『もし、親父がこのままでも、あんたは安心してここにいろ』

勲の助けになりたいと入った大学だが、勲の目が覚めないのなら、中退して親父の代わりに働くつもりだと。

伝えたかったのに、
残念ながらそれは半分も伝わらなかった。







「『バカ言ってるんじゃありません。
このまま勲さんの目が覚めなくても。私にだって、あなたを大学に行かせるくらいのことは出来ます。安心しなさい。
あなたは大学を出て真選組に入ると決めたんだから。たった2年くらい私に頼りなさい。お願いだから、ひとつくらい母親らしいことをさせて』ってよ。
なかなかに男前じゃねェですかィ。
一度も見舞いに来ねェくせによ。……土方さんどうしやした?」


勲の病室で捕まえた土方に、今朝の母親とのやり取りを土方にぶつけると、土方は眉間のしわを割り増しして聞いていた。が、突然、ん?と怪訝な顔をしたのを見逃さずに促した。


「見舞いに来ねェ…って、何言ってんだ?」


やはりな、と総悟は思うも、表情には出さないように押し留める。


「いや、大学終わって帰ると、用事があるから代わりに行って来てっていつも書き置きが」

多少嘘だが、総悟に罪悪感はもともと存在しないもので。


「まさか、総悟にまで言ってねぇのか…」


「何をです?
土方さん、親父の女房と随分仲が良いんですねィ?」

全て吐け。
睨みを利かせて追い詰めると、土方もさすがに仕事と病院の往復で疲れがたまっていたらしく意外にも簡単に話していった。

彼女が、総悟が大学に行ってからお昼くらいまで、毎日こっそり勲の病室に通っていること。それを内緒にしていて欲しいと頼まれたこと。
そんなことだろうと思っていた総悟は土方の話す内容に納得して、あの女らしいと少し笑った。表情には出さないけれども。


「だが、総悟。
彼女には、学費のことは心配ないと伝えてくれ」


「は?何で俺の学費のことを土方さんが口出すんでィ?」


「何で…って、俺はお前の叔父だぞ、一応」


「それが何だって言うんでィ?
おふくろに言われんならともかく、土方さんまでしゃしゃり出てくんのは筋が違ェと思いやすが」


虚を突かれた様子の土方。
そんなにショックを受けんじゃねェよと思いながらも、総悟は続ける。


「親父が土方さんに俺とおふくろを頼むと言ってたとしても。俺もおふくろも、土方さんに面倒見てもらうつもりだけはねェんで」


「………おま、…おふくろって……」


「まさか、土方さん、惚れてやしたか?」


「ばっ、か、言ってんじゃねぇ!
お前と一緒にすんな!」


「…………」


「……悪い」


「バレてやしたか。まぁ、隠してるつもりもなかったですがねィ」


「近藤さんは、男はみんなマザコンなんだって笑ってたけどな」


「親父も、か」


「……………総悟。お前も男だ。
俺が言うことでもないが、俺しかお前には教えてやれないから、言っておく。
近藤さんと彼女は、再婚してない」


「あぁ?2年前に…」


「一緒に住み始めただけだ。
籍は入れてないんだよ」


「なん、で…。……俺の…ためか?」


「…あぁ。
彼女が渋ったんだ。総悟に母親として認められないなら、家族にはなれないって」


「んだ、よ、それ、認めるとか…あほじゃねェの。他人だって家族だって言ったくせに」


「…お前、彼女のこと、おふくろって呼んだことあるか?」


「おふくろはおふくろだろ」


「そうだな、さっき俺に言ったんで、俺も驚いた。
だが、周りの奴らには言ってても、どうせ本人に面と向かっては言ってねぇんだろ。
近藤さんの前でも」


「つーか、母親って歳でもないアイツにおふくろなんて言うデリカシーなさ男は親父と土方さんくらいでさァ」


「は?お前、彼女に惚れてるから母親とは認めないんじゃなかったのか?」


「まぁそれもありやすが」


「いやいやいや、なんだよ、俺と近藤さんの考え過ぎかよ。
お前、それ、ただのマザコンじゃねぇか」


「だったら?」


「お前が、母親として彼女を呼ぶのが籍を入れる条件だったんだよ」


「あほか」


「だが、まぁ、今はこれで良かったんだ。きっと。
俺は近藤さんに頼まれてる。
そのまま自分に何かあったら、彼女を自由にしてやってくれと。
彼女は若い。籍だって入ってないんだ。総悟の面倒も、近藤さんの面倒も、みる責任はないだろ?」


「………そうですか、と認める女じゃねェだろーが」


「何も、放り出そうってんじゃねぇよ。
近藤さんは、お前のことを男として認めてる。自分に何があったら、きっと総悟が彼女を支えるから、その時自分が邪魔にならないようにって思ったんだろうよ」


「親父…バカだな、ほんと。
あの女が親父以外にほだされるわけがねェでさァ。
それに、俺はとっくに息子のポジションに満足してやすんで。あいつ、かなり親バカなんで甘やかされてまさァ。
親父は確かに羨ましいが、おふくろはあれで結構親父には厳しいんでねィ。正直、親父と代われたら、とは最近あんまり思わねェんでさァ」


それから、と土方に鋭く尖った視線を向けた総悟は。
ニヤリと口元を引いた。

俺もおふくろも、親父がどう言ってようと、土方さんにだけは面倒を見てもらうつもりねェんで、よく覚えておいて下せェ。
そういや、銀八や山崎に口悪く話すと怒られやすが、土方さんのことはどう呼ぼうと怒られたことねェでさァ。
やっぱり親子なんですかねィ。

呆気にとられた土方を置き去りに病室を出ると、扉が閉まった後に土方の怒声が聞こえてきた。



それから、帰宅した総悟が夢乃をおふくろと呼び、泣きながら嬉しい嬉しいと抱き締められるのがもうすぐのことで。

いろいろ置いてかれた勲が、目覚めて土方に殴られ、予想もしてなかった現状に狼狽えるのは、1週間と少し先のことだった。





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2013.06.08.移動

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あきゅろす。
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