g.long
Hello! My family!! 1
「初めまして、総悟くん」
……………………。
その時の彼の心の声と、実際の声はともに無言。
何かを思ったとして、彼はもともと言葉を返すつもりはなかったけれども。
だが、こんな。
二の句がつけないという状況は不本意過ぎる。
無言を貫いてやると決めていたが、今、ここで何も言えずに立ち去るのは悔しい。同じ無言でも、何も言わないのと何も言えないのとは大いに違う。
「……うわ、…ブス」
その後の静寂の重みに満足した総悟は、当初の予定通り、玄関に向かって歩き出す。
草履を引っ掛け、戸を引いた。
玄関を抜けて、後ろ手に戸を閉めた。
戸が完全に閉まりきる乾いた音。
その直前、「総悟ぉぉぉぉおー!」という雄叫び。それが「夢乃さぁぁあん!!」に変わると、雄叫びの切れ切れに「勲さん、落ち着きましょう?ね?」という女の声が聞こえてきた。
「ちっ、」
総悟は苦々しい表情のまま、我が家をあとにした。
最悪。
今、彼の心の中にあるのはこの2文字。
(聞いてねぇぞ。…いや、聞いてやしたか…)
『いやぁ、ほんとに可愛いんだよねぇ。若いってのもあるけど、それだけじゃなくて、可憐っていうのかな?もーほんとに可愛い!!』
確か、親父があの女と出会った頃だったか。
苦々しく思い返してみる。
その時の総悟は、あぁまたか。という程度で父親の戯れ言を聞き流していた。
どうせまた一目惚れでもしたのだろう。
妙という美人に惚れ込んで手酷く振られたのに、懲りないのも凄いもんだ。
たぶんまたあっという間に振られるんだと思っていた。
しかも、父親の口から女性の話を聞くことはそれが最後だったのだ。
相当にこっぴどく拒絶されたものだと、父親に同情すら感じていた。
総悟から見て、父親の女性の好みは決して悪くないと思う。
以前一目惚れしたという妙は、なかなかに肝の座った度胸のある女性で、情も深そうな美人だった。土方すら認める良い女。
総悟としても、父親にはそれなりに幸せになってもらいたい。
良い女ならば、父親を任せられるし、父親の評価だって上がるかもしれない。
……その話を聞く限りゴリラみたいな女(美人)が自分の母親になるという事実だけはどうしても受け入れ難いものではあったのだが。
しかし、問題は勲の方にあり、とてもシンプルなものだった。
勲はモテない。
言い寄る女なんている訳もなく。
惚れた女には手酷く振られる。
そんな勲だから、総悟は油断していたのだ。
『総悟、俺、再婚することにする』
反対なんか言えなかった。
本当に幸せそうに、殴りたくなるほど緩みきった勲の顔を見たら。
反則だと思った。
その顔は、総悟や、土方といった身内や家族同然の者を自慢する時の顔だった。
「初めて、俺や土方クソヤローのことではなく、自分のことで幸せを感じてるってことですかィ?」
総悟の母親は、彼が赤ん坊だった頃に亡くなっている。事故だった。
同じ事故で、勲は自分の母親も亡くして、総悟のことは亡くなった妻の妹のミツバに助けてもらいながらも男手ひとつで育ててきた。
そのミツバも今はもういない。
妙に猛アタックをかけていたのは、総悟に母親を、という勲の願いもあったのだろうと、総悟は分析していた。
一目惚れとは言いつつも、最初から肝っ玉母さんになると評価していた勲である。
だから、総悟は嫌ではなかった。
母親として認めるかどうかは全く別の次元の問題だが、勲が妙と再婚したいという思いを否定する気は少しもなかったのだ。
それがどうだ。
今回の女は、妙とは全くの正反対の印象だ。
共通項は「見目が良い」だけ。
それだって、誰もが見惚れる美人だった妙と比べて、さっき見た顔は誰もが微笑む可愛い娘、とくれば、共通項としてくくるのもどうかと思う。
最悪だ。
あの女を認めたくないのは、自分のワガママだと自覚がある。
総悟の為の再婚なら許せたが、これは勲自身の為の再婚に思えた。
気に入らない。
良い歳して年下の娘にデレデレする父親も。
父親の幸せを素直に祝えない幼い自分も。
あと、
沈黙の中で、言葉なくただ責めるように自分を見てきた土方の眼も。
イライラする。イライラする。
『総悟、これから一緒に暮らす夢乃さんだ。お前の、母さんだ』
例えゴリラだろうと、一応は尊敬する父親の、腑抜けきったどや顔を思い出す。
むしゃくしゃする。
「おい、山崎」
『もしも…はっ?……ただいま電話に出られません。ピーッという発信音のあとにお名前とメッセ…』
「山崎」
『は、はいっ!?』
「なめた真似してくれんなァ?」
『と、とんでもない!』
「コーラ買ってこい。
今から行く」
『えぇえ!俺、夜勤から帰ってきて、今から寝るとこっすよ!』
「うるせェ。返事は?」
『はい、直ちに!!』
八つ当たり。それのどこが悪い?
開き直った総悟はイライラを山崎へとぶつけるべく、独身寮へと歩き出す。
ぐれるのも、問題を起こすのも彼にとっては簡単なことだけれど、それで悲しむのは自分を愛する父親の勲だということはこれまでの経験で嫌というほど知っている。
今頃、山崎に勲か土方からよろしく頼むと連絡が入っているだろう。
自分はとても愛されている。
だからこそ、子供染みた嫉妬をするし、
父親の再婚相手に一瞬でも見惚れた自分が許せないのだった。
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