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g.long
Hello! My darling!!



(また、来た…)


夢乃は定食屋で働いている。
歌舞伎町に埋もれるようにひっそり開いている、小さな店だ。
客でごった返すこともなく、店主一人でも十分やっていける。
そこに彼女が雇われているのは、彼女の方から頼み込んだからだった。

忙しい時だけ。
お金も期待しないでくれ。

ただ、店主の仕事を近くで見るのは自由だ。と。

最初は、店で修業をと詰め寄った彼女を、寡黙な老店主は謙虚にも自分は誰かに教えられるほどのものではないと断った。ならば、と粘った末、店主が提示した代替案。
粘り勝ちで勝ち取った職だ。


それほどまでに、彼女はこの店の味に惚れ込んでいたのだ。



「ご注文はお決まりでしょうか」

「ええと、どうしようかな…。トシは決まったか?」

「近藤さん、ここのカツ丼は最高なんだ」


お昼時も過ぎた頃にやってきた、黒い制服の二人組。
どうやら職場の先輩後輩、といったところかなと夢乃はあたりを付けた。
後輩らしいトシと呼ばれた男は、この店の常連客だが、誰かと来店したのは初めてだった。


(最高?当たり前でしょ。
ていうか、あんたが言うな)


「カツ丼二つ、とマヨネーズで」

「かしこまりました」


(目付きも悪い。タバコも吸いまくり。態度も悪い。さすが柄の悪さで有名な真選組。先輩もさすが、ゴリラみたい)

世間には疎い夢乃でも、彼らのことくらいはテレビや噂で知っている。

(教室のおばちゃん達が言ってた通りね)


「カツ丼です。…マヨネーズ、ただいまお持ち致します」


あまり噂に踊らされるタイプではないけれど、真選組のイメージは彼女の中で最悪の範囲にあった。
その理由が、この、マヨネーズである。

店主が用意した、業務用サイズのマヨネーズ。
これは、トシこと土方十四郎がこの店を訪れるようになって常備されたものだ。

(師匠も人が良すぎる!)

味に惚れ込んだ彼女にとって、彼が丼の上をマヨネーズで覆うのが、何よりも許せない。
彼女は食べるのが好きで、美味しいものを食べたいという気持ちから料理の道を選んだ。専門的に学んだ後、料理教室の助手として働く他、最近では講師も任されるようになってきた。
長らく味を追求してきた彼女が、やっと出会った理想の味。
それを。この男は。

(連れの人はマヨネーズなしで食べてるのか…)

「なんだこれ!旨いっ!!お姉さん、このカツ丼、最高ですね!」

「あ、有難うございます。そう言って頂けると嬉しいです。店主の料理は、どれも美味しいものばかりですよ」

「そうか!また来なきゃな!」

「お待ちしております」

ゴリラでも、ちゃんと美味しいものがわかるのに。
こっちの後輩さんは、つくづく残念な舌をお持ちのようだ。ゴリラ以下か。そうなのか。はいはい、マヨネーズお持ちしましたよー。
…以上が、マヨネーズ(特大)を持って来た彼女の心の声である。

「お待たせ致しました。マヨネーズです」

「ああ。…っ!」

「あっ、たっ大変申し訳ございません。ただいま、替わりをお持ち致します」

マヨネーズ(特大)は土方の手には渡らず、ガシャリと派手な音を立ててテーブルに落下。巻き添えになった土方の箸が床へと転がっていった。

すぐに替えの箸をお盆にのせて、戻る。


「大変申し訳ございませんでした」

「いや、気にすんな」

「…………。」

箸を取りに戻った一瞬で、土方のカツ丼はすでにマヨネーズ丼へと変化している。
夢乃はしばらく迷ったものの、何も言わず、去り際にコトリとスプーンをテーブルに置いた。


「チッ」

「トシ…やっぱりさっきのだろ。
無理するな。使わせてもらえ。
たく、金属バットなんか腕で受け止めるから」

「ふん、折れちゃあいねぇよ」


(金属バット!?やっぱりとんでもないな、真選組)

二人の会話が聞こえてきて、やはりなと思う。
彼女が土方にマヨネーズを渡した時、僅かながら土方の腕が小さく跳ねたのを見逃さなかった。
もしかしたら、と、スプーンを持って行ったのだが。
結局、使いはするけれども舌打ちされる結果という訳で。


「ありがとう!」

ちら、と二人の方を窺った彼女と目があった近藤が、手を挙げてお礼を伝える。
土方のイメージとは真逆の、爽やかな笑顔だ。


(へぇ、真選組にもいろいろいるのね。
後輩さんとは違っていい人そうだし。ちゃんと正義の人って感じ。
何より、食べっぷりが良い。本当に美味しそうに食べてる。……それに…優しそう。あんな人なら、モテるんだろうな)

彼女は、二人が真選組の局長と副長であることも、土方がそのルックスだけでそれなりに人気があることも、近藤が不憫なほどモテないことも、今はまだ知らない。














「母さん、土方さんがマヨネーズ出せって言ってまさァ」

「あらあら、困ったわねー。もう土方さんのは全部マヨネーズ味になってるのに。
はい、総悟くん。持ってってあげて」

「だから、別に俺だけ別メニューじゃなくても…」

「……土方さん、まさか夢乃の好意を要らなかったとか、言うおつもりでィ?」

「あ、いや、」

「俺も、それならトシと同じでマヨネーズ味のフルコースで良いって、むしろ食べてみたいって言ったんだけどな」

「駄目でさァ。夢乃も言ってたじゃねェですか、そんなバカみてェな食生活してたらすぐ生活習慣病になっちまうって」

「夢乃ちゃんは本当に決め細やかな人だよな、はは。
俺が外食も多いもんだから、いつも気にしてくれるんだよ。羨ましいだろ〜」

「お前ら母子はそういうとこ本当にそっくりだな!なんか俺に怨みでもあんのかコラ!
近藤さんも、ノロケてんじゃねぇえ!」


「総悟くーん。これ運んでくれるー?これで最後。さー、ご飯にしましょう」

「あぁ、母さん、それも置いとけって。俺が運びやす」


「近藤さん!
総悟が別人過ぎて気持ちが悪い!」

「そうか?はっは、もうすっかりお母さんっ子でな!
家族って良いぞ、トシ!早く嫁さんもらえよ」

「いや、あれはお母さんっ子って…嘘だろ!?」





2013.06.08.

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