[携帯モード] [URL送信]

g.long
今日、してやられた。



そいつは、
医院に勤める医師の一人だと言った。


『幸代さんの、昔のお知り合いの方でしょう?坂田さん。
今日は小林先生も幸代さんも残念ながらお出かけされています。
もしよろしければ、僕と話しませんか?』


夢乃がいないんじゃ、来た意味はないんだが、
このエリート眼鏡野郎の話を聞くっつーのはそれなりに興味が沸いた。

座り心地のいいソファ。
向かいにはにこやかな医者眼鏡。奥村って言ったか。
ほくろ、マジ多いな。目の下って泣きぼくろっつーんだっけ?2個も縦にならんじゃってるよオイ。
なのにイケメンってなんかの間違いじゃね?

そいつは、質問から始めた。


『幸代さんの、本当の名前、なんていうんですか?』


へらへら笑っていた眼鏡の笑顔に変化があった。
目が、真剣だった。


『アイツから聞いてないんすか?』


いけすかねーんだよ。
エリートなんて分類、俺は大嫌いだ。
答えるつもりはなかった。
それは向こうも予想していたらしい。


『あなたは、今の幸代さんを何も知らない。
会いに来たのか、連れて帰るおつもりなのかは知りませんが、幸代さんはあなたに会う気はありませんよ』


『あんたが決めることじゃないだろ、せんせー』


『彼女にはあなた方との過去もあったかもしれない。だけど、小林幸代としての人生があるんです。
あなたはそれを理解していますか?』


アイツが小林の両親を大切に思っているだろうことは、気が付いてた。


『‥‥俺はもっと根本的なことを聞きたいんだけど。
アイツは、記憶が戻ったのか?』


眼鏡が探るような目つきになった。
それから、目を伏せる。
一瞬の後には、元通りの笑顔に。


『お考えの通りです。戻りましたよ。
全部思い出したと言って、帰ってきました』


『そう、か』 


『はい。そして、お分かりみたいですけど、彼女は、今を選びました』


『‥あんたさぁ、アイツのこと、どれだけ知ってんの?
ここの医者なだけじゃねーの?』


『ただの医者です。
でも、ずっと見ていました。彼女がここに運び込まれた時から。
よく覚えています。逃げ出そうとする度、何度も取り押さえて。大変でした。
高熱があって意識すらまともにないのに。驚きましたよ。
すごい剣士だったって聞いて、納得しました』


『誰から聞いた?
アイツが自分から言ったとは思えねえ』


『警察の方です。先日来られた。
聞いて‥納得はしました。でも、今の幸代さんは違います。
攘夷志士ではないし、剣士でもない。
坂田さん、何もわからないってどういうことか想像出来ますか?
初めはまだよかったかもしれない。言葉すらあいまいだったから。
それが理解できるようになると、自分の存在に悩むようになる。不安なんて言葉じゃ足りないほど、心細かったと思います。
子供のようなものなのに。それでも、彼女は笑っていた。リハビリも勉強も、頑張って。前向きで、ひたむきで、僕も先生も励ますつもりが励まされていた。
先生が彼女を養子に迎えたいと、家族になろうと言ったときに、僕たちは初めて彼女の涙を見たんです。それまで、僕らには決して見せなかった涙を。
本当に強い人だと思いました』


『‥‥あんた、俺に一体何を言いたいわけ?告白なら直接どうぞ』


『さぁ、なんでしょうね。
告白、それもいいですが、ひとつ言っておくと、
僕は彼女に結婚の申し込みをしています』


『ぶっ!?』


『正式には、婿入りのかたちで。
彼女からは了承もらったんですが、親馬鹿な小林先生から認めてもらえず保留ですけど』


『はあああ!?あんたみたいなイケメンなら、医者だし、いくらでも綺麗どころ選べるのに!?毎日あんな綺麗なナース見てて、よりによってアイツ!?』


『うちの看護師、綺麗ですか?
捕まるとなかなか面倒なのであまり気にしたことないですが‥』

駄目だ。
やたらケバかったのは、この鈍いイケメンを落とすために必死なんだな!


『‥で?アイツとは?えっと、あー、つきあってんの?』


『いいえ』


『。。。。。。。。。。。』


意味わかんないんすけど。
さすがアイツ。常識外生命体。
このミスターパーフェクトでも簡単には落とせないって?
‥あ、いや、結婚は受けたのか。反対されてるだけで。
あれ?どういうこと?意味わかんないよ?


『一度、好きな人がいるのか、と聞きました』


『アイツは、なんて?』


『ふふ、教えません』









「‥あー‥‥ちくしょー」


「いやー、してやられましたねェ旦那」


「あの医者、何者?」


「さぁ、‥出木杉くんじゃねーです?」


「沖田くんさァ、銀さんそんなに器でかくないのよ」


「すいやせーん。だってェ、旦那ならなんか聞き出せるかと思ってェ。
あれ、うちじゃ手ェ出せないとこの手練れでねィ」


「手練れ?なに言ってんの?医者でしょ?」


「医者ってことになってんですが、‥‥つか、あの医者だけじゃなくて、あの町まるごと手ェ出せない取り決めらしくてー」


「‥‥ほんと、何者‥」



あの医者は外で張り込んでいた沖田くんの存在もあっさり見抜き、
笑顔を少しも歪ませることなく俺たちを車に乗せて駅まで送り届けた。
要は、お帰りください、というやつだ。


「‥それ、やばい組織なわけ?」


「危険なもんじゃないんで、あの女も、そこにいる限りは攘夷の監視対象からは外れやす」


「そう。
‥‥‥‥で、なんで俺らまた鈍行乗ってんの」


「あの眼鏡が特急のない空白の時間帯に俺らを送ってくださったからですねィ」


「次会ったらぶん殴る」


「俺も顔面に土方スペシャルお見舞いしてやらァ」






2012.5.25.

*前へ次へ#
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!