[携帯モード] [URL送信]

g.long
今日、電車に揺られてひと眠り。




ちくしょー、なんで鈍行なんだ。
グリーン席に乗せろとは言わない。切符くれんなら特急券もくれってんだ。


大江戸から北に電車で4時間。
乗り換えもあって小旅行気分だ。
最近出来たっつー直通の新しい特急ならばたったの1時間半もあれば着く距離だけどな。全く空しい情報だ。



『あの女、昔桂と関わりがあったかもしれねェんでさァ。
あの高杉とも。‥っていやァ、わかりやすかねィ、「白夜叉」サン』




冗談きついぜ。
今日なに?エイプリルフール?え、終わった?
最初の感想はそんなところ。


『‥何言ってんの、総一郎くん。そりゃあ「そいつ」と似てっけど、笑えない冗談で大人からかうもんじゃないよ?銀さんマジで容赦しないよ?』


『世間を騒がせた高杉、桂、白夜叉と同じ攘夷一派の女剣士夢乃。
記録では戦死したことになってやす。
だが、‥もし、生きていたとしたら?』


『‥あり得ねェ』

あの状況で無事助かるなんて、あり得ねえ。
この目でアイツの最期は見てんだ。夢に見るくらいな。


『ま、じゃそれはいったん置いといて。こないだの田舎娘の話をしやしょう。
調べたんですがねィ、どうにも真っ白で。
おかしいじゃねェですか、このご時世にデータが白いなんて。戸籍は養子。出身地、生年月日も不明。
それで故郷とやらまで部下に行かせて探ってみたんですが。‥あの田舎娘、小林幸代には過去がねェらしいんでさァ』


『‥は?‥ズバリ言ってくんない?』


『十年ぐれぇ前、今の両親の病院にぼろぼろで救急搬送されてきたのがあの女の過去の始まりで、それより以前はほぼ不明。
発見時は、傷だらけで、治りきっていない傷も多々残り、化膿したもの、新しいもの。意識もなく、‥まぁぼろぼろって感じですねィ。
どこから来たのかわからねぇが、離れた病院から収容していた身元不明の患者が逃げ出したと情報があったので、多分、と思ったが動かすわけにもいかない状態だったんで受け入れて治療したそうです』


『おい、アイツが倒れた戦場から小林幸代の故郷までどれだけあると思ってんだ!?』


『それは謎の一つですが、白夜叉と肩を並べる女剣士ならなくもない‥んじゃねーですか?
まァ、聞いてくだせェ。
そのぼろぼろの女は小林夫妻の治療で意識を取り戻したそうなんですが、直後に脱走を謀ったそうで。なんでも、本当に目を覚ましてすぐだってんで、反射的にというか、本能的に逃げたんだろうって話でさァ』


『それを、繰り返してたってのか‥』


『憶測の話ですがねィ。
でも、小林医院ではそうはいかなかった。
医院の医師に即引っ掴まって病室送り。厳重な監視もあって、保護には成功。
ただし、女には記憶がなかった』


『記憶、喪失?』


『えぇ。記憶どころか、言葉もなにもかも、本能以外すべてを忘れていた。
脳にダメージを受けたためだそうですが、これには小林夫妻も医師たちも驚いてね。本能だけで脱走を繰り返してきたってことですから。
小林夫妻はその女に一から教えることにし、幸代と名付け、養子として迎え入れた。
いやー、美談でしょう、旦那ァ?映画にしても売れそうでさァ』


これでもまだ信じられなかった。
アイツが生きていたなら喜ぶべきところかもしれねぇ。けどな、違うかもしれないだろ。
期待して、結局他人でした、なんて。
現に俺は小林幸代と会っているがなんにも‥って待てよ。

『おい、なら今頃記憶が戻ったってのか?なんでヅラに会いたいだなんて‥』


『そこでさァ。
ウチとしても図りかねるとこで。
記憶が戻って桂一派とつながったとすると、こっちも攘夷の重要人物として警戒しなきゃなんねーんで。
小林夫妻の話だと、夫妻とTVを観ていて、ウチと桂のドンパチを観て「なにやってるん、ヅラはー」って笑い出したそうで』


アイツだ。
確信を持って言える。


『突然の記憶の片鱗に夫妻は驚いたそうですが、本人はもっと驚いたらしいですぜ。記憶が戻ったってわけじゃなく、突然無意識に出ただけだとかで』


『じゃあ、記憶は戻ってないんだな?』

だから、記憶のカギになるかもしれないヅラに会いたいと思ったのか。


『どうなんですかねィ。
望み通り桂にゃ会ったわけだし。ついでにかつての仲間、白夜叉にも会った。
思い出してるかもしれねーと思って旦那にカマかけにきたんですが、旦那に聞いても無駄だったよーで。
桂と対面後も会ってないってんじゃ、しかたねェ。
おとなしく故郷に帰ったところをみると、思い出さないままってのが濃厚ですかね。幕府を欺いている線もありやすが』


『ねぇよ。アイツがアイツなら、そんな器用なことはできねぇ』

そうだ。思い出してたなら、昔みたいにうるさくつきまとってくるにきまってんだ。


『言い切れます?』


『ああ。死んだって馬鹿は治らねぇ。
記憶なくたってアイツは馬鹿だよ。それに、もし記憶が戻っても。
アイツはもう攘夷なんか、テロリストになろうなんて考えねーよ。
お前らの監視対象にはならねぇ。それだけは俺が保証する』


『わかりやした。覚えておきやす』





ほらな。
アイツが生きていても、俺たちのこと覚えてねーんじゃ、
やっぱりアイツじゃないってことだろ。
小林幸代なんざ、俺は知らねーっての。

馬鹿なくせに、似合わない標準語使うようなアイツは知らないし。
きちんと礼儀正しくて、おとなしいアイツも知らない。
結局、違う人間なんだろ。

夢乃は、やっぱりあの時死んだんだ。


―――『私の名前は、両親がくれた大切な名前です!‥幸せになれる様にって、くれた名前です!あなたに馬鹿にされたくありません!』

幸代、か。
家族に憧れてたアイツがやっと手にした名前なんだな。
記憶がないなら良いじゃねえか。
もらった名前通り、今度は幸せになればいい。


あんな地獄思い出す必要ねーよ。



『あ、そうだ、旦那。
彼女ターミナルまで見送らなかったそうで?
彼女も「もうお別れは言ったし、会わないで済んだ方が良かった」って言ってたそうですぜ。ずいぶんと嫌われたもんですなァ』




確かに、俺はそれだけのことを言ったし、冷たくあたった。
‥だが、仮に、‥もし、もしも、だ。
アイツが思い出していたら?

いや、アイツの記憶は関係ないな。

あってもなくても、俺、最低だろ。

‥‥また、後悔すんのか。
もういいだろ、ホントいい加減にしとこうぜ。



―――俺は今、鈍行列車に揺られている。




2012.4.15.

*前へ次へ#
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!