g.long
5
人生そんなに甘くない。ってよくいうけれど。
どんなに物事が上手くいってる時でも、‥いや、上手くいってる時だからこそ、急に上手くいかなくなる事態が起きるものだ。
だいたい軌道に乗って少し調子に乗っていたりするから、そんな不慮の事態に慌て、混乱して、その後へこむことになる。
そんな時私は、情けない自分を目の当たりにし、立ち直るのにやや時間を要する。
それでも、復活して再び立ち向かっていかなきゃいけないのが、人生ってやつなんだろう。
ただ、それが人間関係で起こった場合は。更にややこしく、全く一筋縄ではいかないのだ。
自分の努力だけではどうにもならない場合だってある。こればっかりは人間の相性や時間の問題だから仕方がないのだろうか。
「山崎、夢乃はまだ来ないのか?」
「まだ見掛けないですねぇ」
「そいつなら、あそこで様子伺ってまさァ」
「あ?‥‥‥夢乃ー!!
毎日毎日寝坊しやがって!ペナルティ素振り100回!」
「ごめんなさいっ!」
あたしは、朝が弱い。
学生時代には遅刻は当たり前みたいな生徒だった。まぁその頃は、今みたいに丈夫な身体じゃなかったから多少は大目に見てもらったりしてた。
「腕が曲がってる!重心しっかりしろ!」
「はぃいい!」
「集中!しゃきっとしやがれ!
やる気あんのかァァ!?」
「ひぃぃー!」
護身術を教えてやる、と朝道場に通うこととなり数日。本当は女性にもできる合気道とかのほんの一部を得意な隊士さんに教えてもらうはずだった。
それが、連日遅刻するあたしに土方さんがキレて、何故か直々に剣術指導から始まるようになっている。
自業自得と言われれば返す言葉はないのだが。
「駄目でさァ土方さん。
こんな鈍臭い女に何教えたって無駄無駄。
いちゃつくなら、神聖な道場の外でお願いしまさァ」
「‥‥総悟」
壁に背中を預けて腕を組む。
相変わらず不敵な笑みを浮かべた一番隊隊長、沖田さん。
またか、と呆れるように土方さんが溜め息をつく。
「もういいんじゃねェですかィ?組を悪くしか言えねェような女、これ以上置いといても風紀が乱れるだけでさァ」
彼の言葉がかちんとくるのはいつものこと。
そもそも、彼とちゃんと会話したことがあるかと聞かれると怪しいのだが。いつも、わざと聞こえるように厭味を言ったり、睨み付けてきたり、顔を合わせれば鼻で笑ってくる沖田さん。
「しかも。毎日毎日寝坊たァ、新人隊士のくせに良いご身分で」
黙っていれば、ますます調子に乗る。
さすがのあたしも、今日という今日ははっきり言ってやりたい。
「寝坊については反省してます。土方さんにも隊士さんにも申し訳ないと思ってる。
でも、沖田さんにまで言われる筋合いはありません」
「‥ヘェ?」
お‥オイ、夢乃、と土方さんが少し焦っているが、あたしはもう止まらない。
「沖田さんこそ、朝道場に顔を出したことあるんですか?
仕事にだって寝坊するのはあなたでしょう?昼寝してサボることもほぼ毎日。
隊長さんで、ものすごく実力があるからって許されることじゃないと思いますが」
「うんうん、‥じゃなかった‥!
夢乃、悪いことは言わねぇから、ちょっと落ち着け、な?」
「土方さんは黙っててください。あたし、怖くないですから。
だいたい、土方さんに当たり前のこと注意されて逆ギレする人に、良いご身分だとか心構えについてとやかく言われたくありませんので」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
気がつけば、道場は異常なまでの沈黙に覆われていた。
土方さんを含め、道場中の隊士さん全員が、凍り付いて成り行きを見守っている。
「‥‥‥‥‥‥‥ハッ」
沈黙の後、
沖田さんはものすごく凶悪な顔で笑みを浮かべて、鼻で笑い、ゆっくりと道場を出て行った。
「‥‥‥‥‥夢乃‥」
「はい」
「いいか、‥今日から戸締まりはきちんと確認しろ」
「は?」
「窓も、どんな隙間も気を抜くな。いいな?」
「はぁ‥」
「それと、なるたけ屯所内でも気配を消せ。その辺で昼寝なんてするなよ」
「大丈夫ですよ、土方さん。
あたし、これでも監察ですから」
ちゃんと隊士としても働くと決めたし、やり甲斐も見出だしてきたところだ。
自分で言うのもなんだけど、結構板についてきたと思ってる。
「油断すんなよ、総悟はその‥アレだからな」
土方さんの言葉に周りの隊士さん全員が頷いている。嘘、涙を浮かべる人まで。
‥‥アレってなんなんだ。
「今日の稽古はもういい。
それより、早くお祓いしてもらって来い!」
「は?お祓い?」
「いいから!
身代わりのお札は沢山もらってこい!ついでに俺の分も頼む!
んで、もし、特に夜中な!寒気がしたりしたらお守りを‥」
延々と話し続ける土方さんに、あたしはいろんな意味で驚いた。
とりあえず、沖田さんって人間だよね?
なんだかスゴイ言われようだけど。
彼がどんな人だって。絶対、あたしは屈しない。
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