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g.long
ゆうやけこやけ (沖田)


「ただいまー。
あー今日もよく働いた!」

「‥本当かなぁ」

帰って玄関をくぐるとお帰りなさいと山崎が顔を出す。
これから夕飯食べに食堂にでも行く途中のようだ。


「あたし、山崎よりは働いてる自信ある」

山崎は今日も仕事中隙をみては趣味に没頭していたのだろう。聞こえないフリを決め込んでいた。

懲りない奴。
仕事自体はちゃんと(やるときは)やるのにな。

並んで廊下を歩きながら夢乃は小さく溜め息を吐く。

それから、縁側に差し掛かった。

「うわー、外すごい夕焼けですねぇ」

縁側だけには収まらず、その奥の畳一面、またさらに奥のふすままでがオレンジ一色に染まっている。

すごい。と素直に夢乃は感じたものの、何か物足りないことに気がついた。

なんだろうか。

「夢乃さん?
ご飯行かないんですかー?俺腹ペッコペコなんで先行きますよー」

「‥ああ、うん」

もっともだ。
夕焼けじゃお腹は膨れない。


夕焼け。

縁側。


あ。

「山崎ッ!沖田隊長は!?」

「まだ帰ってないと思いますけど?一緒じゃなかったんですか?」


やっばい。隊長を迎えに行かなくちゃ。



夢乃は閃くや否や、全速力で頓所を駆け出す。
途中、廊下を走んじゃねェ!とかマヨ中が叫んでいたり、玄関でちょうど帰ってきたばかりの隊士達にギョッとされたり、なんてことは、もはやどうでもいいことだった。
優先順位の問題である。
ただ、鬼の副長よりも、隊の中で変人の仲間入りを果たすことよりも、サディストな上司が夢乃にとって第一で、唯一だからだ。


ひたすら、赤い夕日に向かって走る。
なんだかベタ過ぎる青春ドラマみたいだ、と夢乃は苦笑を浮かべた。
なんならついでに「隊長のバカヤロー」とでも叫んでも良いかもしれない。「それでも大好きー!」なんて。隊長はどんな反応をするだろう。
しかし、これらは決して実行には移せない。さすがの夢乃も命は惜しい。

土手に上り、その斜面に黒い制服が寝そべっているのを確認して駆け寄った。

「隊長ー、起きてください。夜になっちゃいますよー」

半分草の中に埋もれた栗色の頭が少し動いたかと思うと彼はむくりと起き上がった。

「‥いつもいつもうぜー奴」

ボソリと、しかし夢乃の耳に入るように呟く。

「隊長、せっかくの綺麗な夕日が沈んじゃいますよ?
早く頓所戻りましょう?
お腹空きました!」

「お前が来るのがおせーんだよ。
お前降格」

「そうですか。
ちょうどいいですねぇ。
昨日副長から俺の副官やらないかって言われたんで。
私みたいな優秀な副隊長は一番隊にはもったいないですもんねー」

「間違えやした。
ほら、アレでィ、酒だ。酒買って帰るぞ。お前の奢りで。
そのくらいで許してやらァ」

「酒?
なんでまた?」

すたすたと土手を越えて帰りはじめた沖田のあとを小走りで追いかけて首を傾げる。

「月見酒だ」

「今日は満月でも、ましてや十五夜でもないですけど」

「いちいちうるせェ奴だな。
こんなに夕日がスゲェ日は月もなかなかにスゲェって決まってらァ。
全く、お前ェが来るのが遅いから。夕日見ながら一杯やりたかったのによォ」

「勤務中にですか。
‥‥でも、」

目を細めて、夢乃は前を歩くサディスティックな、そして時々とんでもなく優しい上司の隣に走り寄る。

「じゃあ、雪見だいふく半分こしましょう?
なんかお月見っぽいから」

「意味わかんねェし」

「隊長、私が副長の誘いになんて答えたか知りたいですか?」

「興味ねェな」

否定は肯定。
あまのじゃくで子供っぽい上司であることも、もう学んでいる。
それをわかった上で、夢乃は彼を甘やかすのだった。

「そうですかー。
別にいいですけどねー。
私は、ずっと起きてたくせに私が迎えに来るのを一途に待っててくれちゃうような面倒見甲斐のある上司を持って幸せですから、副長の誘いは断りました」

「ちっ」

沖田の手はポケットの中なので、夢乃はその腕にそっと自分の腕を絡ませた。
こういう時、振りほどかれたりしないことを彼女は知っているから。








夕暮れの土手なんて寂しい場所にいるから。

貴方は待っていてくれる。

私は迎えに行く。

そして貴方と並んで帰るのだ。


ゆうやけこやけ。

おうちにかえろ。

いっしょにかえろ。




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