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美女で野獣の恋物語
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「たぶんインテリアの一種ですね」
 黄色いクッションを破れんばかりに抱きしめながら明菜は言いました。
「なるほど。じゃあ明菜、あなたもインテリアの一種ということですね」
「そうなっちゃいまっすねーーい!」
 明菜は語尾の勢いで、黄色いクッションを美稀へと投げつけました。
「こぅらー!何で人に向かってなげるかー!」
「はははは!へ?甲羅がどうしたって?」
「甲羅って言ってないわー!『こらー!』って怒鳴ったの!」
「はいはいはいもうどうでもいいから、他人の部屋で暴れないで」
「もー、インテリアだなんて心外ねぇ〜」
「じゃあヨークシャテリアやったらー?」
「ふふふ、明菜ったら」
「はいはいはい面白くて良かったねー他人の部屋で飲み散らかさないでねぇ〜」
「散らかしてなんかないわよ、こんなにエレガントに飲んでるのに」
「ぱお〜〜〜〜ん」
「それはエレファント!」
「ふふふふふ」
「大喜利はもういいからねー早く本題に入ろうねー」
「ぱお〜ん!ぱお〜ん!」
「エレファント!エレファント!」
「ふふふふふ、ふふ」
「………」
 かれこれ1時間くらいこんなやりとりを続けながら、秋蘭はもう彼女の部屋のインテリアと化した、例のジャイアニズム・ガールズと楽しいひと時を過ごしていました。
「まあ楽しいか楽しくないかで言ったら楽しいですけどね」
 優しさ溢れる秋蘭の言葉。普通の人の精神じゃこんなことは言えたもんじゃないね。
「えー何でそんなこと言うんですかー?私たちがいるのがそんなに精神苦痛なんですかー」
「いや、誰もそんなことは言ってないやん」
「私たちって明菜、それには私も入っているの?」
「当たり前やろ」
「もう、そんな言い方しなくたっていいじゃない。美稀は口が悪いんだから」
「はいはい、すんませーん」
「もー、秋蘭どうにかしてよー」
「わかったから、とりあえず落ち着いて二人とも」
 秋蘭は立ち上がり、二人に手のひらを向けてなだめます。
「はい、じゃあいったん仕切り直し。今回集まった目的は何やった、美稀」
 部屋の中心にひとつだけあるソファーの前に立ち、秋蘭は地べたに座る美稀に向かって人さし指立てながら言いました。
「目的も何も!あたしがあんたを拷問にかける筋書きやのに、何仕切っちゃってくれてんのよ!」
「いや…あんたこの部屋に入ってから一度も本題に触れてないし…」
「それは…!」
 美稀は真向かいに座っている明菜をキッと見つめ、
「あたしが秋蘭の部屋に入るなりクッションを投げてくるヤツがおったからや」
「えー、それは一体誰ですか〜?」
「いやあんたさっきも投げたやろ!」
 美稀の激しいつっこみが響きます。
「ほらほらまた脱線するから…」
 秋蘭が肩をがっくり落としてうなだれます。
「ねぇねぇ、『拷問』って何の話?」
 秋蘭の気持ちを知ってか知らいでか、脱線を修復したのはソファーに座り紅茶をすする禾です。
「え…!秋蘭拷問されちゃうの…?」
 明菜がはっとした表情で、取りかけた黄色のクッションをぽとりと落として、子犬のような顔で秋蘭を見つめます。
「いや、その件につきましては私もよくわかっておりません」
 秋蘭は気を取り直して首を横に振ります。
「秋蘭にそんなことしちゃだめ!代わりに私を好きにしなさい!さあ!」
「いや、出来ればあなたとはあまり関わりたくないです」
 美稀が丁寧に断りました。
「っていうかこの件は秋蘭じゃないとあかんねん。どうしても秋蘭じゃないと」
 ちょっと怒ったような、それでいてはにかんだ様な表情で、美稀がぶつぶつ呟きました。

「はあ…」
 ほのかなピンクを基調とした部屋の中。
「ですよね…」
 呟いたのはベッドの上でうずくまる黒崎桃。
 翠園若学院本棟から少し離れた場所にある寮棟。その棟は翠園若学院外の敷地へ続く巨大な門を挟んで、一方に女子寮、他方に男子寮が直列しています。全校生徒約三百人のおおよそが、各寮棟で日々を送っていました。
「私なんかが将来のマエストロに恋なんて…ありえないですよね…」
 桃はゆっくりそっぽを向き、ベッドに面した壁に備え付けられている窓の外を眺めます。きっと部屋が明るければ、パステルカラーの小さな水玉を散らしたベッドシーツや、机の上にたくさんあるビーズの小さな動物たちが雰囲気を明るくしてくれるのでしょう。でも今は、窓から入る淡い黄昏色が全ての明かりです。
「桃」
 ぴくっ!と弾かれたように桃は立ち上がります。声は扉の外から聞こえました。
「かおる…?ちょっと待って、今開けるから」
 夜の戸締りは大切です。桃は寄宿してからずっとかけっぱなしだった鍵を開けました。
「…ふう」
 かおるは桃の顔を見るなり溜息をつきます。
「電気ぐらいつけた方がいい」
 ドアの横にある電灯のスイッチを押して、かおるはぱっと華やかな乙女の部屋へと踏み入りました。
「もう寝るつもりだったのか。まだ六時にもなっていない」
 かおるが机の椅子に腰をかけて言いました。
「ううん…」
 桃はドアを閉め、ベッドへと歩を進めてその上にちょこんと座りました。
「私…実は…その…」
「何故転入してくる前から知ってたんだ」
「え?」
 桃はまたまた弾かれたようにかおるを見上げました。
「“転入してくる前”って…かおる、六神君のこと言ってるんですか?」
「当たり前だ。他に誰がいる」
 対するかおるは無表情で、桃の方へと体を向けて座っています。
「私…実は…」
 桃はもじもじしながらかおるとフローリングに敷いた絨毯を交互に見つめ、
「六神君のこと…す…き…なんです」
「おう。で、何故転入してくる前から」
「えぇぇえぇ!?ちょっと、驚きとかないんですか!?めっちゃ無じゃないですか!」
 今までの暗い雰囲気ぶっとびで、桃はかおるに食らいつきます。
「何故驚くことがある?桃が六神伶を好きなことは一目瞭然だ」
「えぇ!じゃあみんなにばれてるんですか…?」
「さあ。まあ、保健室の紋先生にだけは確実に伝わっているな」
「うそぉ…」
「本当」
「で、何で転入してくる前に六神のことを知ってたんかって話や」
「それはそのってみ…みちるさんいつの間に!?」
 ドアの前にはいつからそこにいたのか、みちるがドアに背を預けて立っています。
「って!やっぱりみちるさんも…知ってるんですか?」
「隆也も知ってるよー」
「か…軽い…!」
 桃は驚愕の眼差しでみちるを見つめています。
「そうですか…もう皆さんご存じなんですね」
 桃は諦めたようにひとつ溜息をつくと、とつとつと語り始めました。

「んえ?あたしじゃないと何があかんのん?」
 秋蘭が美稀の呟きを聞いて問いかけました。
「え?えへへへ、それは〜」
 美稀は今までの態度一変、右手で『の』の字なんか書きながら、
「秋って言えば〜やっぱほらあの季節でしょ〜」
 言えば後を繋げと言わんばかりに、秋蘭に流し目を向けます。
「あ?秋と言えばって、食欲の秋…とか?」
「じゃなくて、もっとあるでしょもっと♪」
「秋と言えばやっぱり秋蘭でしょ!」
「ははは、こいつ〜」
 秋蘭が明菜を小突いてみたりして。
「こら!そこいちゃつかない!」
「顔が鬼の様よ、美稀。ほんと気分にムラがあるんだから」
「乙女心と秋の空ですな!」
「んー、明菜、それはちょっと意味が違うような…」
「やっぱり秋と言えば、紅茶よね〜」
「いや、それは禾だけのような…ってゆうか年がら年中やし…」
「もう!秋と言えば文化祭でしょうが!」
 いつまで経っても欲しい答えが出ない美稀が、しびれを切らして立ち上がりました。
「文化祭でヒロインを演じる私が、王子様を演じる六神伶と恋に落ちる…そしてそれは現実となって、二人は本物の恋人になるのよ…!つまり、秋は恋愛の季節なのよ…!!」
 一拍の沈黙があって、
「はいはーい、美稀とかけましてー」
「はいよ、明菜さん」
「私の秋蘭への気持ちと説きます」
「おっ、してその心は?」
「『あき(秋・飽き)』が来ない」
 ぷちっ。美稀の何かが切れました。
「ちょっとぉ!あたしに秋が来ぇへんってどういう意味やねん!!」
「うふふふふ、さすが落語家政岡明菜、クッション一枚♪」
「いぇーい!遠慮なくもらいまーす!」
「いや、それあたしのやし」
「こらぁぁぁ!!何無視しとるかー!!笑い事ちゃうぞ禾ぅぅぅ!!」
 がちゃ、
「秋蘭、寮はペット禁止やぞ。いつから怪物飼ってるんや」
 いきなり部屋のドアを開けて、みちるが開口一番そう言いました。
「誰が怪物じゃボケー!」
「自覚はあるんだな」
 みちるに続いてかおるが部屋に入るなりそう言いました。
「あ…あのー、お邪魔します」
 そのかおるの後ろから、ぴょこっと顔を覗かせて桃が言いました。
「うん、みんな、ものすっごい、邪魔」
 秋蘭が、わらわら自分の部屋に入ってくる者も含め、全ての人物に向けて一言一言噛みしめました。
「ちょっとあんたら何しに来たんな?今取り込み中なんですけどー」
 いくら秋蘭の部屋が二人部屋だと言えど、七人が入れば足の踏み場もない程です。そのまっただ中で、美稀が新入り三人に向かって地味な出て行けアピールを試みます。
「秋蘭、ちょっと頼みがある」
 しかしみちるの前には、美稀の試みはかすりもしませんでした。ってゆうかたぶん気付いてさえいませんよ、この人。
「んえ?みちるもあっしになんか用かいな?」
「ちょっとみちるさん…!」
 秋蘭に対峙するみちるの後ろ肩に、桃が思わず声を掛けました。
「なんかみんなとこうして紅茶を飲むの久しぶりね〜」
「って紅茶飲んでんのはいっつもあんただけやー!」
 美稀がここぞとばかりに、うっぷん晴らしのつっこみを禾に浴びせます。
「むう…私はシリアスな場面にちょっぴりコーヒーブレイクを入れたつもりだったのにぶつぶつぶつ…」
 禾ちゃん、ちっちゃくなりました。
「みちるが秋蘭に何の用があるのかは知らんけど、まずはあたしが先や。なあ、秋蘭」
「ああ…まあ順番的にはそうなるのかな…?」
 美稀の鋭い賛同を求める眼光に、秋蘭も困った顔で渋々頷きます。
「どっちの話を先に聞くかは秋蘭が決めることや。ほら、桃」
 みちるは自分の後ろでちぢこまっている桃を、自分の前へと押しやります。
「え…で、でも私…」
「ん?みちるじゃなくて、桃が依頼主?どうしたん?」
「ちょいちょいちょいー!ナニ自然な流れでそっちの話を先聞こうとしてんのよー!」
 美稀がすかさずつっこみます。
「怪物の相談よりも、小動物の相談の方を気にかけてしまうのが人間の性だ」
「なんじゃその性!?聞いたことも見たこともないわ!」
「おいかおる?それはワシも怪物の仲間ってことなんか…?」
「それは秋蘭に聞くべきだ」
「うぇ!?かおるって相当無責任!」
「秋蘭、そうなんか」
「ってゆうかあたしは鼻から怪物決定か!?」
「あ…いやあ、あたしに聞かれてもははははは」
「もういいんです!!」
 いきなり響いた桃の叫び。部屋中に沈黙が落ちます。
「もう私のことはいいんです…」
 少し震える桃をみんなが見つめています。この時ばかりは一体どうしたものかと、美稀も何も言わずに事の成り行きを見守っています。
「みちるさんやかおるには悪いですけど…、私全然勇気とかないし…告白とかしたことないし…、きっと六神君と話せるチャンスが来たとしてもそこから」
「ぬわぁぁにぃぃぃぃー!!」
 って全然事の成り行き見守ってねー!!『りくがみ』の言葉が出た瞬間鬼の形相で美稀が雄叫びました!ですから桃の言葉の後半は美稀の叫びと重なって教会音楽みたいになってました!ってそれ神への冒涜だけど!
「あらあら、六神君モテモテね♪―――で、六神君って誰?」
 ひゅ〜〜ん。笑顔で問うた禾の言葉に、どこからともなく枯葉が秋蘭の部屋を舞いました。
「あの…六神君ってゆうのは、今日翠園若学院に転入してきた人で…」
 桃がもじもじしながらたどたどしく話し、
「桃がピアノの教え子に見に来てと言われて行った、彼女の中学校の文化祭で、」
「ゲストとして吹奏楽部の指揮を振っていた、将来有望な指揮者らしい」
 その後を、みちる、そしてかおるが繋ぎました。
「ふーん、それで、一目惚れしたってこと?」
 秋蘭の問いに、
「う…うん」
桃はこくりと頷きました。
「って…ことは…」
 今まで大人しくしていた美稀が、多少青ざめた顔で呟きました。
「桃も、秋蘭に脚本を頼みに来た…ってこと?」
「え…その…それは」
「その通り」
 桃の代わりにみちるがきっぱり言い切ります。
「それしか考えられへんやろ。秋蘭は毎年文化祭の、有志演劇の有名脚本家やねんから」


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