美女で野獣の恋物語 B 「よっしゃ!潔く謝りにいくぞ!」 お昼休憩。クラスのみんなはちらほらと席を立ち始め、それぞれ思い思いの場所で昼食を取ろうとしています。 「昼休みになるまであちこち探したけどなかったんや!きっと誰か親切な人が拾ってくれてるに違いない!そうさ、そうなんだ!」 秋蘭は富士山級のテンションで自分を洗脳します。 「なっ、美稀もそう思うよな!」 「あぁ、愛しのマイダーリン。あなたは何故ロミオなの?ってゆうかロミオなの?わっつゆわねーむ?」 対する美稀はエベレスト級のテンションで妄想にふけっています。 「はぁ…またそれかよ。今回は一体誰に恋したの?」 秋蘭が溜息をついたその時でした。 「あぁ、いたいた!」 「あぁ、さっきの誰かさん!」 隣で顎が抜けている美稀をよそに、秋蘭はまるで旧友と会った様子で怜に親しげに手を振りました。それを見た怜は、軽やかな足取りで秋蘭の元に駆け寄りました。 三組の後方ドア付近で揃って並ぶ、純二枚目王子と三枚目王子のツーショットは、クラス中の女子を虜にしているように思えました。ただ一人を除いては。 「どうしたん誰かさん、あたしに用事ですかい?」 「うん、そうなんだ。これはきっと君が落としたものだろうと思って」 うん?と呟く秋蘭に、怜は一冊の教科書を差し出しました。 「また会えて良かった。君は初めて話した同級生だから」 少し照れながら肩をすくめて怜が言いました。そしてその教科書を見ながら秋蘭が叫びます。 「うおぉぉ!あたしも誰かさんに会えて良かったよ!そうかぁ、あの時に落としたんやなぁ〜わざわざありがとう!いやぁ、恩にきります!」 「やっぱり君のだったんだね!ところで、ボクは誰かさんじゃなくて怜だよ、六神怜」 怜は後ろ髪をいじりながら困った顔をしています。秋蘭は思わず謝りました。 「あぁ、ごめんごめん。六神ね、六神。あたしは」 「黒崎さんだよね?黒崎桃さん」 へ?―――秋蘭に差し出された教科書の右下には、小さく『黒崎桃』の字がありました。 「桃ちゃん…って呼んでもいいかな?」 「あ…あの、あたしは桃ではないんです。桃はあたしがその教科書を借りた五組の子で…」 「え?あぁ、そうなんだ、ごめんっ」 秋蘭は怜から教科書を受け取りました。 「あたしは加々美秋蘭。秋蘭でいいよ」 「あ…秋蘭ごめんね名前間違えちゃって、あぁ、そうだ!ボク五組に転入したんだった、黒崎さんに教科書返しとくよっ」 怜は素早く秋蘭から教科書を取り上げ、踵を返して教室から出て行きました。が、すぐ戻ってきてドアの前で、 「まっまた来るね!」 とだけ言い残して、また夏風のように爽やかに走って行きました。 「お…おう、またな」 秋蘭は片手を挙げたまま、呆然と立ち尽くしていました。 「まっ、これで一件落着やね!よしっ、食堂行ってネタ合わせや美稀!」 ん?美稀?―――秋蘭は辺りを見回します。そして教壇の方を見て眉根を寄せました。 「何してんねん」 教壇からこちらの様子を窺っていたのは、くるくる眼鏡に付け鼻と鼻髭が一緒になった小道具を装着した黒い人影でした。 「影ではない。あいむのっとしゃどう」 美稀という名の影がそう言いました。 五組も他クラスと同じように、それぞれ昼食を取るためのマイ憩いのスペースへと歩き出していました。それは例の美男美女カップル、隆也くんとみちるちゃんの二人も例に違わず、まさに今食堂へと向かうため五組のドアを開けようとしています。 「今日は何食べるかなー」 ドアを開けた隆也の後ろでみちるが呟きました。 「俺はもう決まってるよ、もちろんみ・ち・」 「はいはいはい」 人指し指を横に振りながらみちるに向き直った隆也を、みちるが両手で押しながら二人は廊下に出ました。その時です。 「わー!ちょっとどいてー!」 「ん?」「ん?」 どすん―――ちらほら人がいる廊下に鈍い音が響き渡りました。 「痛ってぇ…まるで俺らの出会いみたいな衝撃」 「ははは、確かにな」 「あ、二人は恋人同士なんだね?」 「へ…?」 自分の背中から聞こえた声がみちるではなかった隆也は、間抜けな声を出して背中に覆いかぶさっている先程の声の主を振り向きました。それにつられて、すぐ近くで尻もちをついているみちるも彼の方を振り向きます。 「ああ、君は」 「いっただきー!」 その瞬間ピカッと眩しいフラッシュが光りました。 「うっひょーい!イケメン在寺院隆也と噂の転校生六神伶の禁断スキャンダルもらったー!」 そう叫んで、二眼レフのカメラを持ったちびっこが嵐のように廊下を駆け抜けていきました。 「…なんだありゃ」 隆也が目をしょぼしょぼさせながら言いました。 「ってゆうか、そろそろ降りてくれないかな」 「あっ、ごめん!」 真っ赤な顔をした伶が、地べたで大の字になっている隆也の背中をぴょこっと降りました。隆也も立ち上がって、ズボンをはたいています。 「きみきみ、廊下を走ってはいけないよ。ほらここにも書いてあるだろ」 隆也は何もない窓ばかりの壁をとんとんと人差し指で叩きます。 「いや、何も書いてないし、あんたも毎朝嵐のように廊下を走ってくるでしょ」 そう言いながらみちるもお尻をはたいて立ち上がりました。 「ぶつかってすみません…慌てて走ってきたもので」 伶は小さく頭を下げながら謝りました。 「いや、別にどってこたないよ。それより、桃はもう教室にはいてへんで」 伶の目の前に教科書を差し出しながらみちるが言いました。 「あっ、預かりものなのに…ありがとう」 伶は優しく桃の教科書を撫でます。 「なんか朝から調子悪くってさ、今日はもう早退するらしい。とりあえずかおるが保健室に連れてったけど」 「あぁ、そうなんだ…。じゃあボク保健室まで届けに行ってくるよ。ありがとう」 伶は二人に微笑んで、また軽い足取りで廊下を走って行きました。 「ふーん。優しそうなヤツやん」 みちるが流し目で伶の走っていく姿を見ながら言いました。 「あ!いーけないんだぁいけないんだぁ先生に言うたぁろー、浮気はいけないよみちるちゃん」 隆也は八重歯を見せながらにこっと微笑みました。 「いや、全然六神に似てないし。ってかきもいし。ってか先生に言うことちゃうし」 「いよっ!三段つっこみ!」 そんなことを言いながら、二人は食堂へと歩いて行きました。 [*前へ][次へ#] [戻る] |