[携帯モード] [URL送信]

美女で野獣の恋物語
A


「で、結局お前は何をしに行ったんや」
 授業が開始して間もなく、『観客論』の教科担任は完全に呆れていました。
「私は確かにこの授業の教科書を借りに行きましたが、確かにその教科書を何処かに忘れてきました」
 爽やか三組のクラスメイトはくすくすと笑い声を漏らしています。
「お前は何回忘れたら気が済むんや」
 短く無造作にあちこちへ毛先を伸ばした頭を掻きながら、『観客論』の教科担任兼三組担任の宇治之露茶(うじの あきさ)は教卓にうなだれました。口にはセクシーな不精髭があります。
「何回忘れても済みません」
「はあ?」
「いえ、何回も忘れてすみません」
 自分の席で立ちながら、秋蘭は不本意なやりとりをしています。
「まあええわ。たぶん加々美は教科書というものに好かれん質なんやな。今日は他の人に読んでもらうとしよう。座りなさい」
 秋蘭は静かにイスを引いて座りました。
「ただ来週もお前に本読み当てるから、その時も教科書を持ってなかった場合は」
 秋蘭はうんと顔をしかめました。
「俺の家業を継いでもらうからな」
 その言葉をきっかけにとうとう爽やか三組のみんなは一斉に笑い出しました。
「俺と名前も似てるし」「俺と名前も似てるし」
 秋蘭は机にうなだれました。
「あ?何か言ったか?」
「いえ、何も申しておりませぬ候」
「そうか、ならいいが。おい、お前ら笑うな、俺は本気なんだぞ。じゃあ楠、お前が本を読め」
 楠と呼ばれた男子生徒は、は〜?何で俺なんだよと悪態を吐きながらのそのそと立ち上がりました。
「ほんっとに秋蘭はうじじに好かれてるよね〜」
「ハハハ、コウエイデス」
 苦笑する秋蘭の右隣の机で、上体を秋蘭へ向けている女の子が言いました。
「次忘れたらホントに実家継がされちゃうよ?」
 彼女は栗色のウェーブがかかったふわふわヘアーをひょこひょこさせて笑います。
「うん。ってゆうかあいつの実家って何してんねん」
 秋蘭が彼の実家を継ぐには、あまりにも情報が無さ過ぎました。
「大丈夫っ、もし忘れたらあたしに言ってね、貸してあげるっ」
「おう、ありがとう、毬萠(まりも)」 
 毬萠と呼ばれた彼女は、果てしなく幼い顔を少し赤らめて自分の机に向かいました。
「はあ…桃の教科書何処で落したんやろ…もちろん一緒に探してくれるよな?」
「ですよね〜ん」
 秋蘭は雪のように真っ白な目で左を振り向きました。
「おい、どうしたんや美稀、変なもんでも食べたか?」
 秋蘭はうじじに気付かれないよう、最小限の力で美稀を揺さぶります。
「で〜す〜よね〜ん」
「おい、何か今変な声がしなかったか?」
 教卓の前でうじじが訝しげに尋ねました。
「気のせいです」
 教室の真ん中辺りでそう言った秋蘭の隣を、教室中が白い目で注目していました。

「先生は服だけじゃなくて心もボロボロだ!」
 うぅ…と五組の担任諸星統(もろぼし おさむ)は肩を落としました。
「え、俺なんかまずいこと聞いちゃったかな?」
「いや、みんながそう思ってたやろうから逆にありがたいんじゃない?」
 相変わらず頬杖を突きながらみちるが言いました。彼女がそう言うのも無理はなく、諸星はスーツの上着を羽織りきれてもいないし、カッターもズボンに入りきれてないし、おまけに上下のあちこちにファンデーションやら口紅やらが点々と付いていました。
「女は怖ぇーよー…」
 諸星がぽつりと呟きます。
「こんな朝っぱらから何があったというのだ!」
「テンションおかしいぞテンション」
 みちるが隆也に突っ込みました。そしてその謎は割とすぐ解けそうです。
「はじめまして皆さん」
「おう、すまん六神、すっかり忘れていた。みんな、紹介しよう。今日翠園若学院に転入してきた、六神だ」
 諸星はスーツの裾をぴしっとして、黒板に転入生の名前を書き始めました。
「皆さんはじめまして。今日から翠園若学院に通うことになった、六神怜(りょう)です。よろしく」
 そして怜は穏やかな美顔をにこっと微笑ませました。
「きゃー王子様ー!」
 きれいに並べられた机をなぎ倒して、幾人もの女子が我先にと教壇へ駆け寄ります。
「うわー!ちょっと待ってぇ!ちゅーきちゅーきっ!」
 諸星はピースした手をクロスさせて叫びましたが、時既に遅し、女子の群れに埋もれてしまいました。
「なるほど、だから先生の服がぼろぼろだったんだね!」
 隆也がウインクをしながら言いました。何故ウインクをしたのかはわかりません。
「それで五組に着くまでに各組の女子に絡まれて遅刻したって訳か、ほうほう」
 みちるも半目で頷いています。何故半目なのかはわかりません。
「そして、原因はあいつにあるということか」
 かおるが本に目を落としながらそう言いました。
「原因?」
 みちるがかおるを振り返りました。
「……ほう」
 かおるの視線の先、みちるの後席に座っている桃の目は、女子に群がられている怜を間抜けな顔で見つめているのでした。
「なるほどね!ピーチちゃんはあの二枚目王子にフォーリンラブってことか!」
 隆也が舌をペロッと出しながら言いました。何になりたいんだ君は。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!