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短編
2


「それじゃあ行こうか。社長も、あとリョウ君も待ってるよ」

狭い通路を先導しながら、丸川さんは俺があまり会いたくない人間の名前を出した。

リョウは、俺の相手役……つまり俺を抱く奴だ。

案内されたのは“控え室”ってマジックで適当に書かれた紙が張ってある部屋の前。
ドアを開けると、中から大きな影が飛び出して俺に抱き付いてきた。

「アキっ!」
「うわっ!」

顔を見なくてもこんなことをする奴は一人しかいない。リョウだ。

リョウは俺よりも頭一つ分背が高くて、顔は誰もが見惚れる美形。

でも、一番ヤバいのはその声だったりする。

「アキ、会いたかった……」
「ッ……」

耳元で囁かれた、低く擦れた声に心臓が跳ねた。

リョウは、その甘くて色っぽい声で女性に大人気の声優だ。こんな声で愛を囁かれたらどんな女でもオチる。男の俺だって不覚にもドキッとするんだから。

でも非常に残念なのは、リョウが何故か俺に懐いていて、こうしてベタベタしてくること。ゲイビデオのモデルをしているのも、お試しで初めて出演した時の相手役が俺で、俺のことがとても気に入ったかららしい。それ以来、俺の相手役はいつもこいつだ。

俺が黙ってされるがままになっていると、リョウは調子に乗って身体をあちこちと撫で回してきた。顔を首筋に埋められて、くすぐったさに身を竦める。

「っ、おい!」
「んー、アキの匂い……」
「このっ…いい加減離れろ!ウザい!」

怒鳴り付けると、リョウは途端に眉を下げて泣きそうな顔をした。

「だって、アキとなかなか会えないから…俺、寂しくて」
「気色悪いこと言ってんじゃねぇよ!俺はお前なんかに会いたいとか思ってない!」
「うぅ……」

こいつはどっからどう見ても完璧な男前だけど、中身は救いようのないくらいヘタレ野郎だ。本当に顔だけの男だ。

何で俺がこんな奴に抱かれないといけないんだか……。

すると、部屋の奥から非常に明るくて軽い声が聞こえてきた。

「いやぁ二人とも本当に仲が良いよねー。おじさん妬けちゃうなー」

いたのか……リョウのせいで気が付かなかった。

椅子に座ってこっちに手を振っている軽そうなオッサン。ネクタイを締めていないシャツ姿と間延びした独特の喋り方がだらしない印象を受ける。
歳は丸川さんと同じくらいだろうけど、この違いは何だろう。

この人が俺にメールを寄越した張本人、社長の小野村(オノムラ)さんだ。

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あきゅろす。
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