短編
1
「なぁ、秋人(アキト)ってさ、バイトとかしてねぇの?」
「え……」
昼休み。学食で友人と昼飯を食べていた俺は、突然の問い掛けに一瞬ドキッとした。
「……あ、いや…してない、けど……」
「へー、意外」
どう言えば良いのか分からなくて、つい曖昧に答えてしまう。
幸い質問に深い意味は無かったようで、会話はすぐに別の話題に変わった。変に思われなかったか不安だったので、内心ホッとする。
(バイト……本当はしてるんだけどな)
ただ誰にも言えないだけで。
(言えるわけないよなぁ……)
そのバイトが、ゲイビデオのモデルなんて。
その時、ズボンのポケットに入れていた携帯が振動した。嫌な予感がして、恐る恐る取り出してみる。
「げっ」
ディスプレイに表示された名前を見て、思わず声が漏れてしまった。
「ん、どした?」
「や、何でもない。次授業あるからもう行くわ」
「?おー」
不思議そうな顔をする友人にそう言って、そそくさと席を立つ。
講義室に向かいながら、もう一度メールの内容を確認した。
『やっほーアキ君。今夜暇?暇だよね?いつものスタジオで待ってるからー。小野村』
差出人は、今まさに頭を悩まされているバイト先の人間からだった。
***
夕方、学校の帰りに重い足を引きずりながらやってきたのは、とある一つの建物。
駅前の通りから少し離れた所にある人気のないオフィス街。この辺りは何の目的で使用されているのか分からないような怪しげなビルがいくつもある。ここもそのうちの一つだ。
あまり大きくない三、四階建てのビルの外装は黒で塗られている。窓はほとんどなくて、小さな正面玄関の上には“株式会社OM”の文字。
ここが、今から撮影を行うスタジオだ。中は薄暗い通路が続いていて、人の気配もない。かなり不気味だ。
ゲイビデオのモデル……つまり、俺はこれからセックスしなければいけない。しかも相手は同じ男で、俺が抱かれる側。考えただけで気が滅入る。
「こんばんは、アキ君」
憂鬱な気分でドアを開けると、三十代前半くらいの男の人が俺を迎えた。ノンフレームの眼鏡を掛けて、スーツをピシッと着こなした結構な男前だ。
「こんばんは、丸川(マルカワ)さん」
「すまないね、社長が急に呼び付けて」
「はは……いつものことですから」
この人は社長秘書の丸川さん。俺達モデルのお世話係も担当している。真面目で優しくて、この会社の中では珍しくまともな人だ。
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