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短編集・読み切り



 担任が喋っている間に薄い鞄を開くと申

し訳ない程度にノート類を突っ込む。

 と、そこで気がついた。

 もってきていたはずの漫画がない。

 どこに置いたのかと探しながら考えてい

たが、最後にそれを見たのは理科室でだっ

たと思い出す。

 実験台の下に置いてそのまま忘れてきた

のだろう。

 取りに行くのは面倒だったが、教師あた

りに発見されて面倒事になったらさらに面

倒だ。

 そもそも漫画自体が島崎から借りたもの

だから、放っておくわけにもいかなかった。

 そうこうしている間にHRが終了し、担

任が教卓を離れた瞬間、教室内が一気に煩

くなる。


「よっし、じゃあ行こうぜー!」

「あ、悪い。

 オレ忘れ物してきたから取りに行ってく

 るわ」


 立ち上がって鞄を掴み、元気いっぱいの

ヒデを振り返って声をかける。

 忘れ物と訊いて首を傾げるヒデに“漫画”

と答えると納得したのか、行先を聞いて後

で合流するよう話をつけた。

 教室で他のメンバーと別れ、放課後の喧

噪に包まれた廊下に背を向けて理科室に向

かう。

 特別教室ばかりがあるエリアへと足を踏

み入れると、生徒の気配のないそこは切り

離されたような静寂に包まれていた。

 足早に理科室に向かい、施錠されていな

いドアを開いて自分がいつも座っている席

へと向かう。

 実験台の下に手を突っ込んで探すと、間

もなく目当てのものは見つかった。


「あった。

 やっぱここに置きっぱなしだったのか」


 教師に見つからなくてよかったと安堵し

のんびり下駄箱に向かう道すがら鞄に突っ

込んでいた携帯機器が音をたてた。

 誰だろうと差出人の名前を見ると、画面

にはヒデの名前が表示されていた。

 行先の変更でもあったのかとメールを開

いてみたら、そこにはおおよそ遊びに行く

のとは違う雰囲気に包まれていた。

【ヤバイヤバイヤバイ!

 今学校にいる奴、みんないつもの場所に

 来てくれ!】


 学校?遊びに行ったんじゃなかったのか

と思いながらも、いつも絵文字を多用した

メールを送ってくるヒデにしては必要なこ

とすら欠けているメールは、それだけの焦

りをメール越しに伝えてきた。


【いやいや意味わかんねーから

 どうしたよ?】


 馬鹿二人のうち尾山から即座にメールが

飛んでくる。

 どうやらヒデは悪友メンバーに一斉に同

じ文面のメールを送ったらしく、それに対

して尾山が返信したので、そのまま全員に

返信メールが送られた形らしい。


【岡本がヤバイ上級生に突っ込まれてる

 ピクリとも動いてないし

 なんかもう目つきがヤバイ

 高取はほっとけって言ってたけど

 あれは絶対ヤバイ】


 短い言葉の羅列を見ただけでもスッと頭

が冷えていく。

 どう考えても正気を保っているとは思え

ない岡本の状況と、それを知っていてなお

も放置を選択した高取の冷たい横顔が浮か

ぶ。

 胸がザワリと騒いだ。

 岡本は高取が目の前に居るというだけで

嫌だとは言わない。

 高取がただ望んでいると言うだけで自分

達を含めておそらく誰にだって見境なく体

を開くだろう。

 それなのに。

 それなのにその岡本が正気を保っていな

い。

 他人を利用してでも自分を高取に差し出

す岡本が壊れてしまったとしたら、それは

きっと。


 メール画面を見たまま固まるオレの真横

をスッと人影が通り過ぎた。

 気だるそうに歩くその長身の人影は。


「高取っ」


 咄嗟に喉から出てきた声は思っていた以

上に鋭く、そして震えていた。

 今ここで高取を逃したら、もう手遅れに

なってしまいそうな気がして。





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