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短編集・読み切り



「脱げ」


 いつもたまり場にしている空き教室に着

くやいなや高取は掴んでいた手首を放り出

してそう命じた。

 その声の響きに不穏なものを感じ取った

のか岡本は一瞬ビクッと震えたが、持って

いた鞄を置いてシャツのボタンを一つずつ

外し始めた。

 あれだけしつこく上書きした落書きはだ

いぶ細く薄くなっており、今日か明日には

効力は切れるだろうと思われた。

 いつも誰かしらに体を好き勝手されてい

たのにそれでも岡本の目は濁らないのか…

やはり真の変態は違うと高取は心の中で毒

づく。

 しかしそれに煩わされることもなくなる

と思うと気分は晴れていき、これで最後に

なるかもしれないと思いながらポケットの

中で握ったペンを慣れた手つきで取り出し

た。

 それを見て岡本の目に怯えが走る。

 いつもなら体の落書きが消える頃か、高

取が満足したならその責め苦からは解放さ

れた。

 その時に彼の機嫌が良ければ極稀に青年

の願いを叶えてくれたりもした。

 もう2週間近く責め苦に耐え続け、それ

もようやく終わるのではないかと安堵して

いたというのに、それが消えない内からま

た何か落書きをしようとしている。

 透明なペンの内部にたっぷりと溜まった

真っ黒なインクが揺れる様を見ながら、岡

本は心が折れそうになった。

 しかし他でもない高取が望むのなら、嫌

だとは言えない。

 彼が岡本に何かを望み、命じることは岡

本自身の喜びであったから。

 シャツのボタンを全て外した岡本の体を

待ちきれないように突き飛ばして壁に押し

付けると、ペンのキャップを外した高取の

ペンが岡本の胸の上を滑った。


「あっ、やだッ!

 それだけはやだッ…!!」


 怯えたように震える青年の悲痛な声が響

く。

 目の見開いた岡本は信じられないものの

ように今書かれたばかりの落書きを見下ろ

し、それが夢でも幻でもなく消えてなくな

らないことに愕然としながら体を震わせた。

 しかし体格のいい高取とは一回りほど体

のサイズが違い、まだ終わってないと押し

付ける彼の腕から逃れられない。


「お願い、消してッ!

 何でもするっ。何でもするからッ…!」

「今更ガタガタ言うんじゃねーよっ」


 一際低く唸るように響いた高取の声にす

でに涙の混じり始めた悲鳴は怯えたように

引っ込んだ。

 しかし押さえつける彼の腕の下でその体

ははっきりと震えており、それを誰よりも

感じている高取は反比例するように機嫌の

いい笑みを刻む。

 この声が聞きたかった。

 この言葉が聞きたかった。

 嫌だと泣き叫び、懇願するその声を無視

して岡本が最も嫌がる責め苦を与える。

 そしてその責め苦が終わる頃には岡本の

視線や声は二度と自分には向かないであろ

う言葉。

 それはこんなに簡単な言葉で、どうして

今まで思いつかなかったのだろうとおかし

く思う。

 この言葉、これでいいのだ。

 岡本の体の震えを感じながら高取は笑い

出したくなる衝動に耐える。





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あきゅろす。
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