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短編集・読み切り



 彼の張った巧妙な罠に自ら飛び込んでし

まった愚かさを今更嘆いても遅い。

 医師としての顔も、彼の前で晒した媚態

も、どちらも私自身だろうと言われたら言

い訳できない。

 けれどもどちらも公開されたら、世間は

後者だけしか評価しないのだ。


「た、頼むからそれだけは…っ」

「わかってるよ。

 心配しなくても俺がちゃーんと保存して

 おくから。

 センセは俺の言うことを聞いてればいい

 だけだよ」


 掠れる声で懇願し、カメラの入っている

胸ポケットに手を伸ばした私の手首を掴ん

で彼はニッコリと笑った。

 猫なで声で返された言葉は完全に優位に

立った者の余裕すら滲ませていた。


「気持ち良かったね、センセ。

 今度はちゃんと部屋をとってよ。

 鎖で繋いで朝まで泣かせて可愛がってあ

 げるから」


 頬に触れていた指先に顎を撫でられて、

ゾクゾクと背中を撫でるものの正体を悟っ

た。

 そしてそのことに誰よりも彼自身が気づ

いていたのだろう。


「そんな物欲しそうな顔しなくてもすぐ、

 だよ。

 いい子で待ってて?」


 まるでぐずる子供を寝かしつけるような

優しげな笑みを残して彼は部屋を出ていっ

た。

 残された私の尻からはまだ体内に残って

いたものがとろりと零れ、彼が立ち去って

も尚この体を支配する者が誰かを物語って

いた。









               fin







[*前]

あきゅろす。
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