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短編集・読み切り



 見覚えのある青年の横顔。

 脇に抱えているのは折り畳みの三脚だろ

うか。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 どうでもいい、けれど…。


【あッ、はぁッ、イクッ、もうイクぅッ!】


 彼が見下ろしている手の中の小さなカメ

ラから、どこか聞き覚えのある獣のような

声が室内に響く。


「ん。バッチリ撮れてる」


 満足げに彼は呟いてそれを胸ポケットに

滑り込ませた。

 薄型軽量のカメラは憎らしいほどにあっ

さりと彼の胸ポケットに収まった。

 ザワリ、と嫌な気配が胸を撫でた。

 今夜だけだと思ったから外聞を気にせず

に乱れた。

 彼にしか聞かれないと思ったから嬌態を

晒した、のに…。


「そ、れ…?」


 喉が干上がる。

 今度こそ逃げ場のない刃を喉元に押し付

けられたようで気休めばかりが喉を鳴らし

た。


「あぁ、録画だよ。

 万が一に備えて、ね?

 俺だってむざむざ警察のお世話になるよ

 うな馬鹿じゃないし」


 まだ起き上がれずに目を見開く私の前ま

で歩いてきた彼は、しゃがんで私を見下ろ

し笑う。


「だから、ね?

 変なことは考えない方がいいよ?

 センセが妙な事するなら、俺はこれをい

 ろんな人に見せなきゃいけなくなるから」


 歳相応の顔で歳不相応な笑みを浮かべる。

 彼は今、そこらの大人よりも恐怖を煽る

笑みを私に向けて伸ばした指先で私の頬を

撫でた。

 さんざん私の体内を掻き回した雄の匂い

が残る指先で。


「今度の診察の時にこれのコピーあげるよ。

 無修正だからセンセだってバッチリわか

 るヤツ」


 ぐぅの音も塞いだ後で無邪気な顔で彼は

笑う。

 その一見歳相応に見える笑みに余計に不

安を掻き立てられた。

 彼はそうやって生きてきたのだ。

 何かあっても何でもないフリで済ませて

きた。

 やがてそれが許容量を超えて爆発したか

ら私の元へやってきた。

 日頃の口数の少なさは諦めと無関心とに

比例し、そんな彼が饒舌になるのは良くも

悪くも彼の心の琴線に触れた事柄だけなの

だ。

 だからこそ彼の笑みを見て思う。

 もう彼の中ではすっかり彼の縄張りに囚

われた獲物でしかないのだと。

 行為の最中のように彼に逆らわないこと

を今後も求められるのだと。

 拘束を解きながらも目隠しを最後まで外

さなかったのはカメラの存在をすべて終え

るまで気づかせない為だ。

 そうとも知らず、彼に晒した痴態の数々

を思い出す。

 アレを見て、誰が合意の上でないなど信

じるだろう。

 むしろ自ら腰を振って強請る様子を見れ

ば、誰だって好き者だとしか思わない。

 そんなものが誰かの目に触れれば、社会

的に抹殺されることなど火を見るより明ら

かだった。

 
 ゾクリ…となんとも言えないものが背中

を撫でた。

 それは恐怖であったのか、それとも期待

であったのか。

 今は答えを出したくない。





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あきゅろす。
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