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短編集・読み切り



 高取は苛立ちを隠しもせず堂々と舌打ち

したが教師を睨みながらも反論はせず、言

われるままに再びスタートラインに立った。

 疲労回復も兼ねて持久走の測定は後でだ

と言う教師を黙って睨み続け、観念した教

師が苦虫を噛み潰した顔でスタートのホイ

ッスルを鳴らす。

 力強くスタートダッシュを切った高取の

背中はあっという間にグラウンドのコーナ

ーにさしかかり吸い込まれるようにカーブ

していく。

 それを見ながら岡本は絶句した。

 先程より明らかに速い。

 その体には一度目の持久走の疲労が残っ

ているはずなのだが、まるでそれが準備運

動だったとでもいうように風を切って走る

姿は水の中を泳ぐ魚のようだ。

 “はえー…”同じように高取の走りを見

て驚いたような誰かの呟きに体育教師はわ

ざとらしく咳払いをする。


「いいかー、サボった奴はすぐ分かるんだ

 からな!

 ほら分かったらさっさと次に行け、次に」


 負け惜しみなのか脅しなのか分からない

声で生徒を促す体育教師の声を聞きながら、

岡本はすっかり高取に目を奪われていた。
 
 単純に凄いと思うし羨ましくもある。

 だがそれ以上の何かが岡本を惹き付けた。

 授業中の気だるげな横顔、バカ騒ぎをす

るクラスメイトから目を反らし窓の外を見

る冷めた表情、興味本位で話しかけてきた

生徒を鬱陶しそうに睨んだ顔はそれを直接

向けられていない岡本でさえ怖かった。

 けれど本気を出した時のあの真剣な眼差

しは刃のように研ぎ澄まされていて、息を

呑んで目を奪われてしまう。

 その視線を真正面から受けたらどんな気

分だろう…そう考えると背中がゾクリと震

えた。

 思えば岡本はこの時から高取のことをずっ

と見ていたのだろう。

 彼が浮かべる様々な表情を知りたくて、彼

が本気になれるものが知りたくて。

 彼の興味を引く共通の話題を持つことがで

きれば、邪険にされずに話が出来るかもしれ

ないと…もしかしたらそんな大それたことを

頭の隅で考えていたのかもしれない。

 だから高取が学校にあまり来なくなった時

期は落ち込んだ。

 殆ど登校してこなかった高取の為に授業の

ノートは二人分とっていたが、結局それは高

取に渡すことが出来なかった。

 夏休みが明けてようやく高取がまともに登

校し始めた時は本当に嬉しくて、高取の雰囲

気が変わっていることにも気づいたがちゃん

と毎日顔を見られるようになった事に比べれ

ば些細な事だと浮かれていた。

 そんなある日“金曜日、学校で肝試しをす

るつもりなんだが”と高取に言われた。

 それまでまともに会話もしたことがなくて、

あまり長いこと高取を見過ぎていてそれに気

づいた高取に睨まれるくらいのやりとしかな

かったから心臓が飛び出すほど驚いた。

 机から身を乗り出しながら“行く”と即答

して、授業が終わるまでずっと楽しみで仕方

なく何度も思い出しては顔を緩ませた。




 ……正直なところ、あの夜の事は…あまり

よく覚えていない。

 体育倉庫で高取に言われるまま目隠しをし

て、そうこうしている間に手と足を縛られて。

 “こんなんじゃお化け役できないよ”と笑

って言ったけど、言葉は返ってこなくて。

 シャツのボタンを外され、ズボンと下着を

脱がされて、ちょっと肌寒さを感じる肌を何

かが滑る感触がくすぐったくて。

 多分あれは高取が持っているあのペンで何

かを書かれていたのだろうと察したのは随分

と後になってからだ。

 何もしていないのに体が火照り始めて、そ

んな自分の体の変化に戸惑う間に高取は出て

行ってしまった。

 やがて戻ってきた足音は複数で…。

 その後の記憶は殆どない。

 真っ暗な視界の中で拘束された手足では抵

抗することも逃げ出すことも出来なくて。

 火照った体に何度も何度も痛みがやってき

た。

 誰がとか、どうしてとか。

 そんな疑問さえ失神という束の間の休息を

ほとんど許されない状況では答えに辿り着く

前に霧散した。

 自分が一晩かけてどういったことをされ

ていたのか、それを知ったのは翌日目が覚

めてからだった。

 気づいた時には目隠しも拘束も解かれて

体育マットレスの上に転がされていた。

 全身に乾いた精液の跡があり、軋む体を

ひきずるようにして水飲み場まで移動して

倉庫の床に丸まっていたシャツを水で濡ら

して全身の汚れを拭った。

 なかなか落ちない汚れを拭いていると涙

が零れてきて、嗚咽を堪えきれずに泣き崩

れた。





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あきゅろす。
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