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短編集・読み切り



 岡本にとっての高取の第一印象は“怖い

クラスメイト”だった。

 高校入学早々に上級生と乱闘沙汰を起こ

したらしいと他のクラスメイト達が噂をし

ているのを耳にした。

 高取本人も決して愛想のいい部類ではな

く、黙って座っているだけで睨まれている

ようで怖いと女子が噂をしていたがその気

分が岡本にもよく分かった。

 岡本自身は引っ込み思案の人見知りで高

取に声をかけてみたことはなかったが、そ

れでも気安く声をかけられないオーラを纏

っていることだけは本能的に感じとれた。

 しかし高取だけ飛びぬけて素行が悪かっ

たのではなく、高校自体がそういう雰囲気

の学校なのだというフォローはしておきた

い。

 もともと岡本の高校の第一志望はもっと

偏差値の高い進学校だった。

 だが入試の日に長患いしていた祖父が亡

くなり、懐いていた祖父の死にショックを

受けた岡本は入試どころではなくなってし

まった。

 岡本の父親は士業を生業としていて、母

親はそのサポートをしているので二人揃っ

て殆ど家にはいない。

 岡本は物心がつく頃には立派な鍵っ子で、

ハウスキーパーが来てくれる日にはその人

が作ってくれた手料理を食べられたが、そ

うでない日はテーブルにお金が置かれてい

るような家庭で育った。

 不憫に思ったのか両親の代わりに祖父が

可愛がってくれたし、テストでいい点数を

とると祖父が褒めてくれるのが嬉しくて勉

強するのが好きになった。

 両親や祖父に会えない日も勉強をしてい

れば寂しさを忘れていられた。

 その祖父を失い、心に大きな穴が空いた

ようで岡本は何も手につかなくなってしま

ったのだ。

 しかし時間はそんな岡本を置き去りにし

て流れ、このままではいけないと立ち直っ

た岡本が頼み込んで何とか入試を受けさせ

てもらえたのが、入学できたこの高校だ。

 制服の着崩し、あからさまな染髪やピア

スをする生徒を多く見かけた岡本は入学初

日から上手くやっていけるか不安を抱いた

ものだが。

 高取は入学当初から積極的に誰かと仲良

くなろうとする様子は微塵もなく一人でい

ても平然とした顔をしていた。

 同じ中学の出身者がいない岡本と一人き

りなのは同じなのに雲泥の差だった。

 それでも岡本は席の近い高取に声をかけ

られなかった。

 噂のせいだけでなく高取の纏う空気は周

囲とは一線を画していて、気安く人を寄せ

付けぬ一方で人の目を惹き付けるような…

不思議なオーラがあったからだ。




 岡本が高取を気にし始めたのは入学から

一カ月過ぎた頃、体育の授業で行われた体

力テストがきっかけだった。

 体力テストは全国の高校生の平均的な運

動能力を調べようという目的で文科省が主

導で毎年実施しているものだ。

 だからテスト当日に欠席したり体育の授

業を見学している者も日を改めてテストす

るからなと不真面目な態度の生徒たちの前

で熱血体育教師は仁王立ちして言い放った。

 露骨なブーイングこそなかったがざわめ

きは生まれ、“サボってテストを受けた者

はやり直させるからそのつもりで”と教師

は言い含めた。

 岡本は運動が苦手だ。

 体力的な問題もあったが、運動神経が決

して優れていないのだ。

 体育の授業はしっかり受けたし、マラソ

ン大会の前には真面目に自主トレーニング

をしたりもしたがビリから数えたほうが早

い順位しかとれたことはない。

 だから名前を呼ばれて持久走のスタート

ラインに立ったものの気分は憂鬱だった。

 他の種目との兼ね合いで同じグループと

して高取が走ることになったのはまったく

の偶然だった。

 同じスタートラインに立ち、同じ合図で

一斉に走り出す。

 高取を含めた足の速い数人があっという

間に距離をあけ、ぐんぐん遠くなる背中を

見ながら岡本は必死に走った。

 ようやく岡本が走り終えた頃には他の生

徒は全員ゴールしていて次の種目を測定し

ている者すらいた。

 そんな中でストップウォッチを止めたば

かりの教師が振り返った。


「よし。…高取、お前はもう一回だ」


 その声を聞いて岡本は肩で呼吸を繰り返

しながら内心とても驚いた。

 高取は最初から最後まで先頭グループに

いたはずだ。

 決してサボって出せるタイムではないだ

ろうと思うのだが、体育教師は咎めるよう

に高取を冷たい視線でやり直しを命じた。

 高取は誰に対しても態度を変えないので

逆に言えば教師陣には決して可愛がられな

い。

 特にこの体育教師は生徒の好き嫌いが顕

著に態度に出ると気づいたのは後になって

からだが、つまりただでさえ気に入らない

生徒が辛い種目であるはずの持久走を走り

終えてもあまりに表情を崩さなかったので

気に喰わなかったのだろうと思う。





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