[携帯モード] [URL送信]

短編集・読み切り



 けれど、初めて高取が岡本の部屋を訪れ

たあの日に状況は変わった。

 高取が悪魔と交わした契約を岡本が知っ

てしまった。


《ペンのインクを溢れさせるようなことが

 あれば、この男の命は俺が喰らう契約だ》


 悪魔は岡本にそう告げた。

 命を喰らうという言い回しが文字通り高

取の死を意味するのなら、あのペンのイン

クを使い続けなければ高取は死んでしまう

のかもしれない。

 そしてペンのインクの溜まり方が最初に

使われた頃から少しずつ早くなっているこ

とに気づいている。 

 このままそのスピードが早まり続けるな

ら、高取は長生きできないかもしれない。

 それならば1秒でも長く高取の傍にいた

い。

 大学進学を理由に一人暮らしを始めれば、

いつでも高取を部屋に呼べる。

 誰の目を気にすることもなく、共に時間

を過ごせる。

 その為には金が必要だ。

 岡本の家も決して貧乏ではないが部屋を

借りて一人暮らしするのならアルバイトく

らいしろと両親は言うだろう。

 だが大学生活とアルバイトに明け暮れて

高取との時間が削られるなら本末転倒だ。

 ならば今、用意された服を着てポーズを

とり半日被写体になるだけで破格の謝礼が

もらえるこの話を受けるほうがいい…岡本

はそう考えて男の誘いを受けた。

 用意され衣服は毎回何故か女物でベッド

の上で指定されるポーズも男の性欲を刺激

するものだ。

 写真を撮り進める間に岡本は指示される

まま服をはだけたり脱いだりしていくこと

になり、あられもない姿になる頃には男に

組み敷かれてすっかり勃起した性器をねじ

込まれる。

 それでも岡本は構わなかった。

 男はレンズ越しに見続ける高取の文字に

欲情させられて従っているだけだ。

 例えばこの男と会う用事がなかったとし

て、岡本が何か用事があって外に出かける

事になったとする。

 すると高取が書いた文字の効力に引っ張

られでもするように公園のトイレや電車内

で痴漢の相手をしなければならなくなった

りする。

 けれどどれだけ男の精液を浴びても文字

が消えることはなく、時間と体力がただ無

駄に消費されるだけだ。

 ならば少しでも未来の為になる方がいい。

 あの悪魔に魂を喰われるのがどちらが先

かは分からないが、岡本には高取と過ごす

時間が何よりも大事だ。

 それが岡本が出した結論だった。


「しかし落書きするにしたって限度って

 ものがあるだろうに。

 本当は水着とかチア服とか着てもらい

 たいんだけどな」


 タイツ越しに腿を撫でられて岡本は小

さく震えた。

 震えて閉じてしまった膝から足の付け

根にかけて男がゆっくりと掌で撫で下ろ

すと、短いスカートはあっけなく捲れて

しまう。

 タイツに包まれた脚にも文字がびっし

りとひしめいていて、露出の多い服を着

せても興が削がれると男はあまりいい顔

をしない。

 後から写真を見返した時に岡本の体の落

書きは高取のマーキングにしか見えず、そ

れが面白くないようだ。


「もうちょっとさ、控えるように彼に言え

 ない?

 こんなに落書きだらけじゃ、君だって困

 るだろう。

 半袖だって着れやしない」

「いいんです。

 僕は嬉しいから…」


 潤んだ目で悩ましい吐息を漏らしながら

首を横に振る岡本を見て、男は肩を竦めた。

 岡本の従順っぷりが筋金入りなのは承知

しているが、こうも言動の端々に高取第一

という精神が見てとれると呆れ半分嫉妬半

分という複雑な気分になる。

 高取がどれだけ岡本を意のままに、かつ

ぞんざいに扱っているのかを知っている。

 欲しい物はほぼ与えられてきた自分が何

度も粘ってようやく口説き落としたという

のに、二人きりになってもその心に住んで

いるのが高取なのだと思い知らされると胸

に暴力的な波紋が生まれる。

 男は構えていたカメラを置いて岡本の

太腿を撫でさすりながらその間に自分の

体を割り込ませた。

 男のスイッチが入ったのを悟った岡本は

自ら脚を大きく開いて男を迎える。

 その顔に驚きや嫌悪感が浮かばないとい

うのが決していい意味ではなく、悪く言え

ば場慣れしているからだと男が気づいたの

はいつだったか。

 もっと早くに…高取より先に岡本に出会

えていたらという妄想に耽って自慰するの

は男にとって珍しくなかった。





[*前][次#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!