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短編集・読み切り



「…気持ち悪い奴」


 日曜日に岡本を呼び出したところで、全

て高取の都合と気分で予定が決まる。

 高取の機嫌が悪い時には、岡本に浮浪者

の相手をさせたりも平気でするのだ。

 それでも嬉しいという思考が高取には理

解できない。

 …元より理解しようという気もないが。

 
「土曜日は…忙しいんだよね?」

「あぁ」


 なるべく高取を刺激しないように細心の

注意を払いつつ岡本が確認する。

 それに特に機嫌を損ねた様子もなく高取

が頷いて、岡本は心の中でひっそりと安堵

する。

 毎週土曜日は高取にとって両親の体にペ

ンで文字を一週間分まとめて重ね書きをす

る日と決めている。

 父親の背中には一週間分の“終業後は帰

宅”と“ED”。

 母親の背中には“安眠”と“息子への

無関心”。

 父親の不倫相手は父親経由で呼び出し、

父親の勤める会社を退社するまで“買い

物依存症”を書き込み続けたことで毎日

家に帰宅するEDの父親との関係はあっ

さりと切れた。

 買い物依存症によって多額の借金を抱え

た父親の不倫相手は闇金に借金を重ねて水

商売に転職させられたらしい。

 EDを発症し続けている父親は不倫する

気も起きなくなったのか毎日きっちり帰宅

するようになり、ストレス過多で睡眠薬を

手放せなくなっていた母親は夜ぐっすり眠

れるようになったことと夫が当たり前に帰

宅するようになったこと、そして高取の非

行や夜遊びに無関心になることで心の平穏

を取り戻しあまりヒステリーを起こさなく

なった。

 両親共に当然ながら高取に週に一度そん

なことされている記憶など残ってない。

 けれどペンを使うことで確かに高取家の

平穏は保たれている、表面上は。

 高取にとってその状況の家が心休まる場

所であるかというのはまた別問題だが。


「……」


 マジックペンのインクをようやく使い切

って、高取は一息ついた。

 そして文字だらけになっている岡本の体

をじっと眺める。

 そろそろ岡本の体に“余白”が無くなっ

てきている。

 岡本の体のマジックの重ね書きだけでも

どうにかしないと、来週のインクの消費が

面倒になる。

 まぁ、そろそろ溜まってきたところだか

ら“ついで”だ…と高取は尤もらしい理由

をくっつけて頭の中で予定を組み立てる。

 幸か不幸か、高取は己の性癖の変化には

まだ気づいていない。

 岡本というとても特殊な思考の持ち主が

高取の生活の中で性的な意味で最も身近で

あり、高取が望みさえすれば岡本が彼を拒

んだことは未だかつて一度もないからだ。

 だから疑問すら抱いたことはない。

 その状況が高取にとって最も幸福な事な

のかどうかはさておき。

 そんな高取の変化を唯一知る岡本は、高

取が頭の中で描いている予定など知る由も

なく日曜日の約束を噛み締めて頬を緩ませ

た。


    ◇ - ◇ - ◇ - ◇


「いいね。

 じゃあ次はゆっくり脚開いて」

「……」


 土曜日の昼、岡本はカメラのレンズ越し

に覗き込んでくる男の前で短いチェック柄

のスカートから伸びる黒いタイツに包まれ

た脚を交差させた状態からゆっくりと解い

た。

 カメラのレンズはスカートが作る少しば

かりの暗がりの向こうに黒タイツの下に透

けて見えている白い女性ものの下着の中で

窮屈そうにおさまっている岡本の形を映し、

男の指がカメラシャッターを長押しして連

射モードでその様子を撮影する。

 男の指示通りの服に身を包み言われたと

おりのポーズをとる岡本の仕草はまだどこ

かぎこちなく、それはまだ恥ずかしさの抜

けきらない初々しい印象を男に与えた。

 岡本は高取との用事が入らなかった土曜

日に目の前の男に呼び出され、それに応じ

た。

 この男との最初の出会いはずっと以前に

高取に連れて行かれた夜の公園で、高取の

命令に従って体を重ねた中の一人だった。

 その後何度か夜の公園で顔を合わせるこ

とがあり、さすがに何度も肌を合わせた事

でぼんやりとだが岡本の記憶にも残った。

 ある夜、高取がさっさと帰ってしまった

公園で事後の後始末をしていた岡本に男は

声をかけてきた。

 謝礼を払うので写真のモデルになってく

れないか、と。

 岡本は偶然だろうと思っていたが、実は

男は岡本目当てに時々自宅近所の公園に散

歩に出向くのが日課になっていた。

 男の実家は裕福な資産家で男自身は働か

ずに両親の脛をかじって生きている。

 異性との関係に躓いた頃に岡本と出会っ

た男は、男子高校生でありながら童顔で中

性的な顔立ちの岡本の体に心身ともにのめ

り込んでいった。

 やがてその姿を写真として手元に残して

おきたいと考えるようになった男は、あか

らさまに主人の風格を漂わせる高取がいな

くなった隙をついて声をかけたのだった。

 岡本は高取の指示でない以上はいくら金

を積まれても呑むつもりはなく、男の誘い

を断り続けた。





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あきゅろす。
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